性ホルモンを学ぶ

⑫不妊治療、知られざる女性の負担 支え手は想像力を

女性の心身に大きな負担がかかるといわれる不妊治療。具体的にどのような治療が行われるのか、当事者でない者が知る機会は少なく、周囲がその辛さを十分理解するのは難しい。保険適用が始まり、不妊治療が社会課題として位置づけられるようになる中、家庭や職場では、治療を受ける当事者に寄り添うための想像力が求められる。不妊治療で行われる「卵巣刺激」と「採卵」に着目し、治療に臨む女性たちの心身の負担の実像を紹介する。

多くの受精卵をつくるために

六本木レディースクリニック院長の小松保則医師は産経新聞主催の「妊活セミナー~不妊治療最前線~」で講師を務め、不妊治療における「卵巣刺激」や「採卵」について解説した。

「『卵巣刺激』は内服薬や注射製剤を状況にあわせて調整しながら使い、より多くの卵胞を成長させ、1回の採卵でたくさんの卵子を回収する治療。たくさんの受精卵をストックできるので、採卵のための手術や通院の回数を減らすことにつながるメリットもあります」

ただ、女性の心身の負担は決して軽くはない。卵子を採取するまで毎日注射を続けるケースがあるからだ。

注射の連続

「毎日決まった時間におなかに注射してくださいね」

都内に住む会社員女性(38)は5年前、不妊治療のクリニックで、医師からそう指示された。

看護師の指導を受けて注射器を自宅に持ち帰り、1週間以上、ホルモン剤を投与した。「自分で注射するなんて初めてのこと。痛みがあるので針を刺すときは毎回、勇気が必要でした」と語る。

小松医師のクリニックでも、患者の女性に卵巣刺激の自己注射を求めることがある。

「平均して10~12日は毎日注射して卵胞を育ててもらいます。近年は働いている女性が多く、毎日の通院は大変なので、やり方を指導して安全にできると判断した場合、ご自身の手で注射してもらうようにしていますが、医療機関によっては、毎日通院を求めるところもあります」

仕事と不妊治療の両立に配慮している小松医師のクリニックでも、卵胞の育ち具合を確認し、適切な時期に卵子を取り出すために、3~4回の通院は必要だという。

「排卵間近の時期になれば、1日おきに来院してもらうことになる。卵胞の育ち具合で通院の必要性が決まるため、不妊治療は非常に予定が立てづらいもの。患者の女性たちの中には、職場で『前もって通院日が分からないのか』といわれることもあるようだが、周囲の人々には、不妊治療の難しさを理解してもらいたい」と小松医師は強調する。

努力が報われない苦しさも

育てた卵子を取り出す「採卵」の手術もリスクを伴う。小松医師によると、経膣超音波で卵巣内の卵胞の位置を確認しながら、細い注射針で卵子を吸引するのだという。

「合併症として、出血や感染症にかかるリスクがある。卵巣の周囲には腸や膀胱(ぼうこう)などがあり、周辺臓器を傷つける可能性もある。麻酔も用いるため、手術はノーリスクではなく、負担を大きく感じる女性もいるのではないか」

こうした身体的な負担以上に、小松医師が、パートナーの男性をはじめ、周囲の理解を促したいのは、患者の女性たちが抱える精神的な負担の大きさだ。

前述の女性の場合、1回目の採卵で多くの卵子を得たが、その時の治療では、わが子を抱くことができなかった。

女性は「入試や就職、キャリアアップと違い、不妊治療は自分がいくら努力したところで、結果につながらないことがある。夫婦ともに明白な要因はなく、この先、何をしたらいいのか分からない苦しさがあった」と振り返る。

クリニックで多くのカップルと向き合ってきた小松医師は、不妊治療に取り組む夫婦間の温度差について胸を痛める。

「注射を重ね、仕事のスケジュールを調整して通院し、リスクのある採卵手術を受ける。こうしたことはすべて、女性だけが引き受けること」

辛い治療を受けてできた受精卵でも、染色体異常が発生して妊娠に至らないケースも少なくない。

小松医師は「男性は女性と立場を変わってあげることはできない。だからこそ、その分、女性の声に耳を傾けるなどして寄り添い、夫婦で困難を分かち合ってほしい」と訴える。

人生の節目に、身体的、精神的な影響をもたらす「性ホルモン」の作用に注目が集まっています。性に関する科学的な知識をもつことは、豊かな人生につながります。家庭で、職場で、学校で-。生物学的に異なる身体的特徴をもつ男女が、互いの身体の仕組みを知り、不調や生きづらさに寄り添うことを目指した特集記事を随時配信していきます。

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