朝晴れエッセー

使い込んだシャトル・5月22日

庭の片づけをしていると、縁の下にある黄色いカゴに目がとまった。中にはバドミントンの羽根がたくさん入っている。

息子が少年野球を始めると、夕飯の支度を早々に終わらせ、私は家の前の小さな公園でシャトル打ちに付き合った。夕方、暗くなれば小さな子供たちも公園から家へと帰る。そのタイミングを見計らって息子と練習を始めるのだ。キャッチボールをやるスペースはないけれど、シャトル打ちならば私でも付き合うことができる。

冬の寒い夜、真っ暗になっても公園の街灯の明かりを頼りに「あともう一回、もう一回だけ」と練習した日のことはよく覚えている。互いにコツをつかむと楽しくなってくるのだろう。

自分が打ったライナー性のいい当たりが私に命中するとうれしそうにしていた。シャトルを拾い集めながら、そろそろ終わるかなと私は思った。けれども息子本人が納得のいく当たりが出ないと、この練習は終わりにはならなかった。

だが、息子が中学生になると様子が一変する。家の中では無愛想になり、些細(ささい)なことでも私と衝突することが増えた。

コロナ禍で野球のグラウンドが使えない時期、息子とシャトル打ちをやった。背丈が伸びパワーもついた。「あともう一回」と無邪気にせがんだりはしないが、うれしそうな表情と納得のいくまで練習する姿は変わらなかった。

使い込んだシャトルを見ると、あの頃を思い出す。そして息子は今、夢に向かって白球を追いかけている。

土屋智子(47) 東京都立川市

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