アート鑑賞で診断力アップ 「いい医師」育成へ意外な実習

現代アート作品を鑑賞する岡山大医学部の学生ら=岡山市北区の岡山県立美術館
現代アート作品を鑑賞する岡山大医学部の学生ら=岡山市北区の岡山県立美術館

医学生を対象としたアート鑑賞やデッサン教室によるユニークな教育が岡山大で行われている。この「ビジュアルアート教育」は、観察力や表現力などを高め、医師として必要な診断力や患者に寄り添う心を育むことを目的としている。指導にあたる岡山大形成再建外科学の木股敬裕(きまたよしひろ)教授は「ビジュアルアート教育で診断能力が向上することを示した海外の研究報告もある。より良い医師の育成につなげたい」と話している。

対話通じ理解深め

岡山県立美術館(岡山市北区)で展示されている合成樹脂や銀箔糸、針金や絹布などを使い、赤と白で形成された現代アート作品。岡山大医学部の学生たちが互いに意見交換をしながら、この作品の鑑賞、解釈に取り組む。

学芸員は「どう感じますか」「何を表現していると思いますか」などと学生たちに鑑賞を深めるための問いを投げかける。

「キラキラしていてきれい」「脱出する何かを表現しているような…」「赤は危険色。感染や侵略をイメージしたのかも」「よくわからない。芸術と言えるのか」-。学生たちはそれぞれに解釈を延べ、共感したり、多様な意見があることを認めたりしながら作品をより深く鑑賞する。

これは岡山大学医学部の「ビジュアルアート教育」のひとコマ。学生たちは、美術館での実習以外に、デッサンや美術作品のプレゼンテーションも経験する。

観察力と共感力を

医学の進歩とともに、医師に必要な知識や技術も高度化する。しかし、ビジュアルアート教育を指導する木股教授は「ただ学ぶだけではいい医師になれない」と話す。

木股教授が専門とする形成再建外科では、がんの切除などで失われた体の再建を行う。「人それぞれ異なる体を再建するには、その人の体をよく見て把握し、3次元で正確に再現できなくてはいけない」という。そこで必要となるのが、外観から内部を洞察したり、対象を把握し形どったりしていくデッサン力なのだという。デッサンは、図示による患者への説明や、手術記録の質の向上にも役立つ。

岡山大医学部でビジュアルアート教育の指導にあたる木股敬裕教授
岡山大医学部でビジュアルアート教育の指導にあたる木股敬裕教授

また、対話による鑑賞は、よく見るだけでなく、感じたことを言葉にすることで表現力も磨く。病や痛みに苦しむ患者とのコミュニケーション能力を高めることにつながる。

医学教育にアートを導入する試みは2000年前後から欧米で発達。米エール大での研究によれば、ビジュアルアート教育を受けた学生は受けていない学生に比べ高い診断能力が示されたという。

木股教授は平成28年からデッサン教室を、令和2年からは美術館での実習をそれぞれ導入。現在、岡山大の医学部医学科ではビジュアルアート教育が必修となっている。

木股教授は「学生たちは優秀で、効率よく情報を処理する能力で受験を勝ち抜き、次は医師となる国家試験。でも、それだけではいけない。患部だけでなく、患者一人一人をよく観(み)る力。患者の思いに気づき、共感し、寄り添う力が必要」と強調する。「彼らが将来、医療現場で患者と向き合う中で教育効果が発揮されれば」と願う。

今後は、ビジュアルアート教育を受けた医師にアンケートを取り、その効果の検証を予定している。

新たな価値提供

岡山県立美術館では、教員研修や小中学生を対象に「対話による鑑賞」やアイマスクをしたパートナーに作品説明をする「ブラインドトーク」といったプログラムに取り組み、表現力の向上を図る機会などを提供し、新しい美術鑑賞の方法を提供している。

岡山県立美術館で「対話による鑑賞」を実践する岡本裕子学芸員
岡山県立美術館で「対話による鑑賞」を実践する岡本裕子学芸員

同館の岡本裕子学芸員は「アートは役に立たないものと思われがち。しかし、岡山大医学部と連携して行っているプログラムでは、美術館自身がこれまで気づいてこなかった価値を他の分野に提供できる可能性を示している。欧米ではビジネスエリートが絵画鑑賞を重視している例もある」という。

岡本氏は「美術館には才能や創造力にあふれた作家たちが生みだした作品が並んでいる。県立美術館としては、より深い鑑賞の機会を提供していきたい」と話している。(高田祐樹)

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