動画

大阪で話題の「クマの手カフェ」 完全非対面のワケ

壁の穴から商品を提供する「クマの手」。ユニークな光景が話題を呼んでいる=大阪市中央区(須谷友郁撮影)
壁の穴から商品を提供する「クマの手」。ユニークな光景が話題を呼んでいる=大阪市中央区(須谷友郁撮影)

大阪に昨年9月、一風変わったテイクアウト専門カフェがオープンした。店の壁には穴が1つあり、商品はそこから、毛むくじゃらの「クマの手」により提供される。ユニークな風景は交流サイト(SNS)で話題となり、今や連日多くの若者たちが訪れる人気スポットだ。なぜ、登場するのは「クマの手」だけなのだろうか。客と顔を合わせない接客スタイルには、ある理由があった。

客とハイタッチ、「癒やされる」

5月上旬、大阪市中央区の路地の一角。雑居ビルや飲食店が立ち並ぶエリアに「クマの手カフェ」はある。店の前にメニュー表が掲げられ、灰色の壁に穴が1つ開いているだけの小さな店。壁越しに注文すると、穴からクマの手が商品を差し出した。

「かわいい!」。笑顔を浮かべた客は、クマの手とハイタッチしたり、写真を撮ったり。神奈川県藤沢市から訪れた大学3年の女子学生(20)は、「SNSで話題になっていたので、日帰りで来ました。クマの手がかわいくて、癒やされます」と目を細めた。

カフェには連日多くの人が訪れている=大阪市中央区(須谷友郁撮影)
カフェには連日多くの人が訪れている=大阪市中央区(須谷友郁撮影)

店を運営するのは、カウンセラー養成学校の一般社団法人「メンタルサポート総合学園」(大阪府八尾市)。海外の事例を参考に、精神的に繊細な人がカウンセラーなど専門家の支えを受けながら安心して働けるようにとオープンした。

注文は壁越しに受け付け、肘の上まである「クマの手」を装着した店員が、穴から商品を提供するという、完全な「非対面・非接触」方式。「クマ」として働くのは鬱病やひきこもり、適応障害など心に傷を負った人たちだ。

「受け入れてくれる場に感謝」

昨年から働く大阪市西成区の女性(33)は、環境などに敏感過ぎるため周囲との違和感を覚えやすい「ハイリー・センシティブ・パーソン(HSP)」の気質があり、職を転々としてきた。だが、「クマの手カフェ」は居心地が良いという。

店内から見た様子。壁の穴から出てきたクマの手が商品を提供する=大阪市中央区(須谷友郁撮影)
店内から見た様子。壁の穴から出てきたクマの手が商品を提供する=大阪市中央区(須谷友郁撮影)

「今までは失敗するたびビクビクしていたけど、ここでは『大丈夫だよ』と優しくフォローしてくれる。お客さんも喜んでくれるし、優しい言葉をかけてくれる人もいる」。クマの手で商品を差し出すときには、自然と笑みがこぼれるようにもなったといい、「受け入れてくれる場があることに感謝している。少しずつ自信がついてきた」。

店ではパフェやアイスクリームのほか、障害者就労支援事業所で作られたクッキーなども販売。同学園を卒業したプロのカウンセラーが一緒に働き、サポートしている。「クマ」のアルバイトは原則6カ月間。現在、この女性を含め8人が働いているが、20人以上が「空き待ち」状態だ。

「みんなが同じであることを重んじる日本の風潮は、一度失敗した人に対してあまりに厳しい」と指摘するのは、カフェのオーナーで学園長の平村雄一郎さん(61)。カフェでの経験をステップに、無事に社会復帰を果たした人もいる。「失敗したっていいじゃないか。リスタートはいつでもできるということを、この場を通じて感じてほしい」と話した。

特別でない「繊細さん」

厚生労働省の調査(令和2年)では、仕事に強いストレスや不安を感じている労働者は54・2%に上り、過去1年間にメンタルヘルス不調を理由に1カ月以上連続して休んだり、退職したりした労働者がいた事業所は全体の9・2%に達する。事業所規模が大きくなるにつれ、休業者が増える傾向も。日本での鬱病の生涯有病率は10%以上とされ、メンタル不調に悩む人は「特別な存在」ではない。

長引く新型コロナウイルス禍も、メンタルヘルスに影響している。日本生産性本部(東京)が昨年7~9月、全国144社の人事担当者を対象に行った調査では、約4割の企業がコロナ禍で従業員のメンタルヘルスが悪化したと回答。要因は「コミュニケーションの変化」が86・2%と最も多く、「感染への不安」「在宅勤務の増加」(いずれも56・9%)が続いた。

日本生産性本部の担当者は、テレワークをはじめとしたオンラインでの新しい働き方について「合理的で効率的な一方、人の変化や表情が読み取りづらい」と指摘。リアルのコミュニケーションの減少が従業員の孤立を招く可能性もあるとし、「オンラインでの会話の際はマスクを外したり、会議では雑談の時間を設けたりするなど、工夫すべきだ」と求めた。

国は平成12年に、職場におけるメンタルヘルス指針を策定。ストレスチェックを義務付けるなど、対策を進めているが、規模の小さい事業所ほど取り組みが遅れているとの調査結果もある。メンタル不調は誰もが直面する可能性があり、厚労省は「違和感を覚えたら早めに専門機関を受診してほしい」と呼びかけている。(木下未希)

会員限定記事会員サービス詳細