鑑賞眼

国立劇場「五月文楽公演」 見逃せない勘十郎の狐忠信

第1部「義経千本桜」河連法眼館の段は、源九郎狐(桐竹勘十郎)の宙乗りで幕(田口真佐美撮影、国立劇場提供)
第1部「義経千本桜」河連法眼館の段は、源九郎狐(桐竹勘十郎)の宙乗りで幕(田口真佐美撮影、国立劇場提供)

今月の国立劇場の文楽公演は、節目が重なったおめでたい舞台で、充実した内容。来年秋、国立劇場が建て替えのため、6年あまり閉場してしまうことを思えば、この大阪を本拠とする文楽の生の舞台を、目に焼き付けてほしい。特に第1部、人間国宝の人形遣い、桐竹勘十郎の遣う狐忠信が乗りに乗っており、舞台を縦横無尽に駆け回っている。

豊竹咲太夫の文化功労者顕彰と、人形浄瑠璃の代名詞となった劇場「文楽座」命名から150年という、ダブルの記念公演。残念ながら咲太夫は病気休演中だが、その穴を補うべく、後輩技芸員らが奮闘している。

第1部(午前11時開演)の「義経千本桜」は4月、大阪・国立文楽劇場からの連続上演。義経の家臣に化けた狐忠信(勘十郎)が登場する場面を抜粋し、狐親子の情愛を描きつつ、ワクワクするようなケレン(仕掛け)を連続して見せる。狐が人間に変わると同時に、人形遣いの衣裳も一瞬にして変わる早替わりのスピードは、気を抜くと見逃してしまうので、気を付けて。

勘十郎は、個人的に文楽の〝マイ狐人形〟を所持し、キツネをペットで飼おうとしたほどのキツネ好き。そのこだわり抜いた狐の動きと表現は、もはや手から先だけ別の生き物の域だ。尻尾や耳まで生き生きと動かし、俊敏に動く狐に、勘十郎が引っ張られているように見えるほど。

「伏見稲荷の段」、耳目にも華やかな「道行初音旅」に続き、クライマックスの「河連法眼館(かわつらほうげんやかた)の段」。情景がクッキリ目に浮かぶような豊竹呂勢太夫・野澤錦糸から、切り場は咲太夫の代理で竹本織太夫・鶴澤燕三が語り継ぐ。空気を操って情感を醸し出す咲太夫とは違う味わいで、迫力と滑らかさを兼ね備えた語り。幕切れ、満開の桜の中を行く忠信の宙乗りで、劇場内に多幸感が満ち満ちた。

第2部「競伊勢物語」春日村の段より。紀有常(奥、吉田玉男)は井筒姫の身替わりとなる娘信夫(中央、吉田一輔)の身なりを整える(二階堂健撮影、国立劇場提供)
第2部「競伊勢物語」春日村の段より。紀有常(奥、吉田玉男)は井筒姫の身替わりとなる娘信夫(中央、吉田一輔)の身なりを整える(二階堂健撮影、国立劇場提供)

第2部(午後2時半開演)は、東京では35年ぶりの上演となる「競(はでくらべ)伊勢物語」。歌舞伎での初演作が、文楽に〝逆輸入〟された珍しいケースだ。

お姫様(井筒姫=吉田和馬、簑之)の身替わりとして、実の父(紀有常=吉田玉男)が娘(信夫=吉田一輔)を殺し、衝立を挟んで養母(小よし=吉田和生)が悲しむ-というすさまじい展開だが、豊竹亘太夫、竹本小住太夫ら若手が抜擢(ばってき)によく応えている。希曲を味わうとともに、その成長過程も見守りたい。

第3部「桂川連理柵」帯屋の段より。手前左の丁稚長吉(吉田玉佳)の人形は、青っぱなが出入りする仕掛けあり(中村彰撮影、国立劇場提供)
第3部「桂川連理柵」帯屋の段より。手前左の丁稚長吉(吉田玉佳)の人形は、青っぱなが出入りする仕掛けあり(中村彰撮影、国立劇場提供)

第3部(午後5時45分開演)は「桂川連理柵(れんりのしがらみ)」。上演頻度が高く既視感は拭えないが、「帯屋の段」がいい。「チャリ場」と呼ばれる滑稽な場面で、帯屋の主人の義理の息子、儀兵衛(吉田玉志)が悪口雑言の限りを尽くし、丁稚長吉(吉田玉佳)らを馬鹿にする。呂勢太夫の笑いの表現の多様さ、要所要所で締める人間国宝の三味線、鶴澤清治の鋭い響き、続いて「切場語り」に昇格したばかりの豊竹呂太夫、鶴澤清介と床が充実している。この場面、長吉が青っぱなを出し入れする人形の仕掛けにも注目だ。

4月から竹本錣太夫、竹本千歳太夫も合わせ、咲太夫一人だった「切場語り」が、4人体制になった。世代交代に対応した動きで喜ばしいが、さらに実力ある若手にもチャンスを与え、文楽の看板になれる人材を育成してほしい。

24日まで、東京・半蔵門の国立劇場。0570・07・9900。(飯塚友子)

公演評「鑑賞眼」は毎週木曜日正午にアップします。

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