ウクライナから避難の女性「日本人に感謝」 娘と涙の再会、茨城で生活

オレンジ色の閃光

この日、市役所で記者会見したゴラルスカさんは、現地の状況を「大混乱の状態だった」と振り返った。

「銃撃戦があり、飛行機が飛んでいた。閃光(せんこう)で部屋がオレンジ色に染まったが、それがロシア軍の攻撃かウクライナ軍のものかも分からなかった」

同居していた孫(29)は成人男性で出国が禁止されているため、故郷に残してきた。毎日のように連絡を取り、体調などを確認して「危険な街の中心部には絶対に行かないように」と言い聞かせている。

現在は娘宅に滞在し、トマトや花を栽培したり、近所の人にピロシキを配ったりして穏やかに過ごしている。同年代の女性らと多言語通訳機「ポケトーク」で会話しながら、散歩するのが何よりの楽しみという。

「こんな生活ができるのは日本に来られたおかげ」と感謝の言葉を述べ、「いつかはウクライナに帰りたい。戦争は悪いこと。早く平和が訪れることを祈ってほしい」と語った。

同席した小田川浩市長は「現地のひどい状況に衝撃を受けた。一人でも多くの人を助けたい」と話した。(篠崎理)

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