沖縄戦直前の空襲映像公開 大分の団体、14本入手

1945年3月23日、沖縄県の渡嘉敷村が米軍機の機銃掃射を受ける映像の一場面(豊の国宇佐市塾提供)
1945年3月23日、沖縄県の渡嘉敷村が米軍機の機銃掃射を受ける映像の一場面(豊の国宇佐市塾提供)

戦時中の映像などの資料を収集している大分県宇佐市の市民団体「豊の国宇佐市塾」は16日までに、太平洋戦争末期の沖縄戦直前の1945年3月23日、米軍が上陸準備のため慶良間諸島・渡嘉敷島(渡嘉敷村)を空襲する様子を収めた映像など計14本を報道陣に公開した。同団体の織田祐輔さん(35)が2013~21年に米国立公文書館から入手。21日に宇佐市で開く平和イベントで一般公開する。

1945年3月23日、沖縄県の渡嘉敷村が米軍機の爆撃を受ける映像の一場面(豊の国宇佐市塾提供)
1945年3月23日、沖縄県の渡嘉敷村が米軍機の爆撃を受ける映像の一場面(豊の国宇佐市塾提供)

渡嘉敷島の映像は、米軍機が村中心部に機銃掃射や爆撃を加える様子。村役場や学校など主な建物は空襲で焼損し、沖縄戦前の映像は資料価値が高いという。米軍は空襲3日後、慶良間諸島に上陸し地上戦に。渡嘉敷島では住民330人の「集団自決」も起きた。

このほか、45年8月9日の長崎原爆投下に先立つ7月29日、爆心地から北に約1キロ離れた三菱長崎兵器製作所大橋工場が空襲を受けた際の映像なども公開した。

1945年7月に空襲を受けた三菱長崎兵器製作所大橋工場の映像の一場面(豊の国宇佐市塾提供)
1945年7月に空襲を受けた三菱長崎兵器製作所大橋工場の映像の一場面(豊の国宇佐市塾提供)
1945年3月に空襲を受ける名古屋市街地の映像の一場面(豊の国宇佐市塾提供)
1945年3月に空襲を受ける名古屋市街地の映像の一場面(豊の国宇佐市塾提供)
1945年3月に空襲を受ける神戸市街地の映像の一場面(豊の国宇佐市塾提供)
1945年3月に空襲を受ける神戸市街地の映像の一場面(豊の国宇佐市塾提供)

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