近日の新聞メディアは、ウクライナ問題ほぼ一色である。現地の悲惨な戦闘、甚大な被害はもちろん、日本への影響も大きいので、連日の報道は当然であり、違和感は覚えない。それでも否応なく見聞する記事内容には、いささか疑問が残る。そこに顕著なマンネリズムは、いかがなものであろうか。
論調の多くは、大なり小なりロシア非難で選ぶところがない。大国による一方的な攻撃・専制主義の侵略・独裁者の暴挙など、要するに善悪二項対立、勧善懲悪、判官びいきである。
以上の構図で溢(あふ)れる現状は、需要に応じてわかりやすくする動機ではあっても、情報の偏在にはちがいない。そこに無頓着なのが気になる。こうした偏向がたとえば、ロシア側の言論統制とどれだけの差があるのか、書き手も読み手も自覚しておいたほうがよい。
先回の小欄では、ウクライナに対する支持は、ロシアの思考・論理・行動様式を知らなくてよいことと同じではない、そこを教えてくれる報道が乏しい、と述べたつもりである。今や日本の潜在的脅威と化した中国も、そんな事情はあまりかわらない。中国関連の報道は、上海などのゼロコロナ政策やそれをめぐる軋轢(あつれき)を書き立てるばかりで、中国がどうウクライナ問題・世界情勢をみているか、などは関心の外にあるようである。
中国はあえてロシアを支持し、関係の深かったウクライナ・ゼレンスキー大統領を評価しない。対露制裁を続ける欧米・西側への不信も隠さない。去る3月の末、中国外務省の報道官は「国連加盟190カ国のうち140カ国は対露制裁を実行していない」と発言しており、それはそれで、確かに事実ではある。
以上は正否・黒白を断ずべき問題ではない。現行の国際秩序を必ずしも是としない立場は、厳然として存在する。そこにどう対処すればよいのか。ロシアしかり中国しかり、その思考と立論の基盤を知らなくては始まらない。現代日本人の切実な課題ではあるまいか。
国論の統一はぜひ必要である。しかし自らの正義一辺倒で、他者の論理に無知では、やがて蹉跌(さてつ)はまぬがれない。はしなくもロシアが目前で実践し、かつてはわが国の先人が経験したことでもある。
日本人の大好きな孫子の兵法でいえば、「彼を知り己を知れば百戦あやうからず」、しかしいずれも知らないのが、新聞メディアの現状のようである。
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【プロフィル】岡本隆司
おかもと・たかし 昭和40年、京都市生まれ。京都大大学院文学研究科博士課程満期退学。博士(文学)。専攻は東洋史・近代アジア史。著書に「『中国』の形成」など。