対中安保の「最前線」沖縄 変わる戦略環境

沖縄県が本土復帰してから15日で50年となる。多くの在日米軍が駐留する「基地の島」であるのは半世紀前と変わらないが、沖縄をめぐる戦略環境は大きく変化した。中国の脅威に直面する「最前線」となる一方、米国は台湾周辺をインド太平洋の主戦場とにらみ、新たな戦い方を模索する。これに伴い沖縄の位置づけも様変わりしている。

「わが国を取り巻く安全保障環境は50年前と大きく異なっている。これまでにない速度で厳しさを増している」。岸信夫防衛相は13日の記者会見で沖縄復帰50年について問われ南西諸島防衛の重要性を強調した。

半世紀前と比べて様相が一変したのは中国だ。沖縄が返還された1972年はニクソン米大統領が2月に中国を訪問、9月には日中国交正常化が実現し、ともにソ連に対抗する側に回った。当時の中国海軍は沿岸防備に主眼を置き、精密な長射程ミサイルも保有していなかったため、沖縄は中国の脅威の圏外にあった。

経済成長を続けた中国は日本全土を射程内に収める中距離ミサイルを1250基以上保有し、空母を中心とした遠洋展開能力を強化している。昨年3月に米インド太平洋軍のデービッドソン司令官は台湾有事が発生する時期を「6年以内」と述べた。佐藤栄作首相が69年11月に台湾有事について「幸いにしてそのような事態は予見されない」と述べたのとは好対照をなす。

戦略環境の変化に伴い、在沖米軍の役割も変化している。50年前はベトナム戦争が終結しておらず、沖縄はインドシナや朝鮮半島ををにらむ出撃拠点と位置づけられていた。日米両政府が返還合意時の共同声明で初めて「韓国の安全は日本自身の安全にとって緊要である」との文言を盛り込んだのは、沖縄返還で在日米軍基地が機能しなくなることに不安を抱いた韓国を安心させるためでもあった。

沖縄復帰から半世紀がたち、沖縄の眼前に広がるのは全く異なる光景だ。中国は尖閣諸島(沖縄県石垣市)に軍事的圧力を強め、台湾有事が発生すれば隣接する沖縄も戦場となる公算が大きい。

自衛隊や米軍が沖縄にいなければ、中国軍が占拠して自衛隊や米軍を撃退する拠点とする恐れもある。在沖米軍は遠い国を守るために存在するというよりは、沖縄そのものを守るために駐留しているといえる。

沖縄返還3年前の69年7月、ニクソン大統領は米領グアムでの記者会見で「アジア諸国があまりに米国に依存することにより、ベトナムで経験しているような紛争に引き込まれていくことになるような政策は避けなければいけない」と発言した。アジアの米軍を縮小する意向を示した「グアム・ドクトリン」だ。

日本政府内では「見捨てられる恐怖」が高まった。自主防衛を唱えていた中曽根康弘防衛庁長官ですら翌年12月に懸念を表明。後に著書で当時の心境を「米軍が必要以上に撤退して、ソ連との間に兵力の空白地帯ができることは避けなくてはいかん」と説明した。78年から在日米軍の駐留経費を日本が一部負担する「思いやり予算」が始まったのは、こうした懸念を背景に米軍を引き留めるための苦肉の策だった。

現在の日本政府内でも「見捨てられる恐怖」が皆無とはいえない。だが、多くの政府高官は米国のアジア関与維持に自信を示す。ロシアによるウクライナ侵攻以降も米政府は繰り返しインド太平洋地域を重視する意向を伝えてきているからだ。

中距離ミサイルの量でまさる中国に対抗する上で、カギとなるのが沖縄の米海兵隊だ。中国のミサイル射程圏内に小規模部隊を分散展開する「遠征前方基地作戦」の中で、沖縄に司令部を置く第3海兵遠征軍(ⅢMEF)は中核的な役割を担い、陸上自衛隊のミサイル部隊と連携する構想を描く。岸氏は13日の記者会見で沖縄について聞かれ「在日米軍と連携し、抑止力の強化に努めている」と強調した。=肩書は当時(杉本康士)

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