30年目のJリーグ㊤

初代チェアマン川淵三郎氏「クラブをスポーツを楽しむ拠点に」

Jリーグ30周年について語る初代チェアマンの川淵三郎氏=9日午後、東京都文京区(鴨川一也撮影)
Jリーグ30周年について語る初代チェアマンの川淵三郎氏=9日午後、東京都文京区(鴨川一也撮影)

サッカーのJリーグは今年、30年目のシーズンを迎えた。5月15日は1993年にV川崎(現東京V)-横浜Mの開幕戦が行われた「Jリーグの日」。開会宣言を行った初代チェアマンの川淵三郎氏(85)が産経新聞の取材に応じ、縦横無尽に「これまで」と「これから」を語った。

--Jリーグが始まって30年目の節目を迎えた

「10クラブで始まった当時、30年後なんて考えられなかった。10年後の存続も危ぶまれたのに、58クラブまで増えたんだね」

--サッカーはいまや全国区になった

「高校サッカーでは『カモ』といわれるような地域もあったけど、全国に優勝を狙える強豪が出てきた。一部地域だけでプレーされていたサッカーが全国区になる時代が来るとはね」

--スポーツの基盤を企業から地域へ変えた

「心から願ったことが根付き始めた。サッカーから始まったクラブを、老若男女がさまざまなスポーツを楽しめる地域の拠点にしたかった。Jリーグやクラブは原点に立ち返り、地域と手を携えてスポーツで日本を元気にしてもらいたい」

--クラブをどのような存在にしたいか

「欧州で子供が生まれると、親は自分と同じクラブのサポーターにしようとする。ゴール裏の年間パスを親から子、子から孫へと引き継ぎ、何十年先まで空席がないクラブもある。Jリーグにそこまでいっているクラブはまだないよね」

--世界を舞台に戦う選手が増えた

「注文もある。50~60人の日本人が欧州でプレーしていてもレギュラーは10人程度。レギュラーを20人に増やせれば、世界がJリーグを認識するようになる」

--飛躍へ必要なことは

「欧州トップと、動きの量や質、パスのスピードや精度に差がある。練習量が足りないんじゃないかな。(1日に亡くなった)日本代表監督も務めたオシムは低迷していた千葉をとにかく練習させ、タイトルを獲得するまでに成長させた。むやみにやらせるのではなく、選手に考えさせたオシムをもう一度見習う必要がある。すぐに欧州トップとはいかなくても、欧州中位のオランダリーグあたりと肩を並べてほしいね」

--ピッチ外では

「2019年にJ1の平均観客数が初めて2万人を超えたけど、もっと伸びていてほしかった。サポーターの年齢層も上がり、このままではじり貧。若い人にも魅力的にし、平均観客数を10年以内に2万5000人へもっていってほしい」

--11月開幕のワールドカップ(W杯)でドイツ、スペインと対戦する

「日本サッカーの現在地が分かるね。1996年のアトランタ五輪では、押されっ放しだったブラジル戦で勝った。あれ以上の差があるとは思えないから、日本にもチャンスはある」

--3月に元Jリーガーとして初めての野々村芳和チェアマンが誕生した

「『最後は自分の好きなこと、やりたいことをやればいい』と伝えたよ。選手やクラブ経営者の経験を生かせば、Jリーグや各クラブのためになる」(奥山次郎、川峯千尋、榊輝朗)

㊦につづく


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