小林繁伝

トレード白紙、幻の「阪神・大杉」 虎番疾風録其の四(45)

ヤクルトに移籍し、荒川監督(左)の自宅で指導を受ける大杉=昭和50年1月
ヤクルトに移籍し、荒川監督(左)の自宅で指導を受ける大杉=昭和50年1月

昭和49年10月27日、関西のスポーツ紙が一斉に『大杉、阪神入り あす決定!』と報じた。

阪神・河西渉外課長が26日、大阪・梅田のホテル阪神で日本ハム・須古スカウトと会談。かねて日本ハムから申し入れのあった大杉内野手(29)、小坂投手(27)と阪神・池田外野手(28)、後藤内野手(30)の2対2のトレードについて「受け入れる用意がある」と回答。上京中の吉田監督の帰阪を待ち、最終調整したうえで28日にも成立させることになったのだ。

太り気味で動きの鈍い一塁の遠井に代わって大杉が「5番」に入れば…と、このニュースにファンも大喜び。ところが、吉田監督が29日のコーチ会議で「大杉は魅力ある。だが、池田の打力も捨てがたい」とトレードを白紙に戻してしまったのだ。その日、江夏の譲渡を申し込みにやってきた日本ハム・三原社長に阪神の長田社長は「大杉断念」を伝えた。

その翌日の10月30日、日本ハムとヤクルト両球団が大杉―小田内野手(27)、内田外野手(27)の1対2のトレードを〝電撃発表〟した。裏の動きはこうだ。

29日、阪神に断られ帰京した三原社長はその日の夜、ヤクルトの松園オーナーに電話を入れ、トレードを成立させた。大杉に関しては10月上旬にもヤクルトとの間で話があり、そのときは日本ハム側が「安田、浅野、松岡のうち1人がほしい」と要求して、交渉は中断していた。

「30ホーマーを期待できる大杉君の加入は大きい。ロジャー、大杉ともう1人外国人選手が揃えば、来季は十分、優勝を狙える」と松園オーナーは大喜び。

大杉は30日の午前11時に三原社長から電話で「通告」を受けた。40年に東映に入団して10年、ファンは「月に向かって」打つ大杉の大きなホームランに魅了された。そのファンと〝お別れの時間〟もなし。大杉は「心の整理をつけますので少し時間をください」と答えた。すると、三原社長は「君はボクの言うことがきけないのかね!」と声を荒らげた。大杉は「血の通った人間同士。もっと温かな思いがあってもいいのでは…」と悲しくなったという。

「わかりました。新しい自分を見つけるためにも、ヤクルトで頑張ります」

大杉は静かに受話器を置いた。(敬称略)

■小林繁伝46

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