笑顔あふれる車いすの警察官が神戸にいる。兵庫県警須磨署の吉田優太巡査長(40)は10年前に病に倒れ、長きにわたるリハビリを経て復職し、車いすの警察官となった。まだ左半身にまひが残るが、目標はパトカー乗務員。地域の安心、安全のために思いが揺らぐことはない。
「はい、須磨警察です!」。右手で取った受話器を左手に持ち替えると、署内に明るい声を響かせた。声の主は吉田巡査長。警察署には日々、県民からもめ事や落とし物の相談など、さまざまな電話がかかってくる。対応を誤ればトラブルにもなりかねないが、吉田巡査長はその一つ一つをていねいに聞き取り、空いた右手に持ったペンを走らせる。「対応が上手で住民からの評判もいい」と植村琢也署長は目を細める。
最初は小さな違和感だった。10年前の元日の朝、起きると左手と左足にしびれを感じた。しびれは治まる気配がなく病院へ。脳内の血管奇形の一つ、脳幹部海綿状血管腫と診断された。
すぐに入院して手術を受け、十円玉ほどの大きさの腫瘍を摘出した。「なんで自分なんやろ」。当時30歳。「警察官は犯人を捕まえてなんぼ。それができない自分には警察官としての価値がない」と、警察官を辞めることも考えた。
病床で、当時兵庫県警警察官だった父の正二さん(65)に思いをぶつけた。「犯人の逮捕がすべてじゃない。縁の下の力持ちになれ」。その言葉を胸につらいリハビリを乗り越え、入院から約3年後、須磨署で再スタートを切った。
「病気をしてよりポジティブになった気がします」。所属する警務課は笑顔であふれ、いまでは署員の誰もが認めるムードメーカーだ。若い署員から恋愛相談を受けることもあれば、前日見たテレビの話で盛り上がることもある。「若い署員にはタイミングをみながら声をかけてくれる。なくてはならない存在だ」と上司の信頼も厚い。
今もリハビリ施設に通い、自力で歩行するための訓練を続ける。それは警察官としてかなえたい夢があるからだ。「警察官としていつかパトカーを運転してみたい」。地域の安全、安心を守る思いは誰よりも大きい。(入沢亮輔)