鬼筆のスポ魂

上島竜兵さんの〝サッチー騒動〟…「お笑いにも、お笑いのルールがある」

サッチーに扮装し、阪神安芸キャンプに訪れた上島竜兵さん(1999年2月)
サッチーに扮装し、阪神安芸キャンプに訪れた上島竜兵さん(1999年2月)

〝サッチー騒動〟で周囲を大笑いさせたのに、当の本人は悔しそうに顔をゆがめている…。あの23年前の表情が今も忘れられない。

お笑いトリオ、ダチョウ俱楽部の上島竜兵さんが死去したことが11日に分かった。61歳。所属事務所によると、11日未明に都内の自宅で倒れているところを家族が発見。病院に搬送されたが死亡が確認された。警視庁捜査関係者によると、自殺を図ったとみられる。 1993年には「聞いてないよォ」で流行語大賞を獲得。熱湯風呂のギャグでの「押すな! 絶対に押すなよ!」や、「訴えてやる!」など、誰もが知る多くのギャグを誕生させた。リーダーの肥後克広さん(59)、寺門ジモンさん(59)と組むダチョウ俱楽部では、リアクション芸人としてひと際、存在感を発揮していただけに、突然の死は芸能界のみならず、日本列島に衝撃を与えている。

何度か東京・四谷の居酒屋「あぶさん」で飲んだことがある。カラオケに行って騒いだことも…。タレント・ダンカンさん(たけし軍団)と一緒に杯を重ね、当時は「暗黒時代」だった阪神タイガースを酒の肴(さかな)にした。ダンカンさん、そしてタレント・松村邦洋さんと3人は「中野猛虎会」を結成。弱い、どうしようもない阪神タイガースをこよなく愛していた。そんな頃、冒頭で触れた〝サッチー騒動〟が起きた。

あれは名将・野村克也監督が阪神監督に就任した1999年2月。高知・安芸市営球場での春季キャンプのことだった。某テレビ番組の企画で、上島竜兵さんは監督夫人の沙知代夫人に変装して球場に乱入。超派手なワンピースにハリボテの化粧でスタンドに現れるや、グラウンドの選手達に檄(げき)を飛ばし始めた。ニセサッチーに罵倒⁉された選手の中には元監督の和田豊や今やビッグボスとして日本ハムを率いる新庄剛志がいた。スタンドの阪神ファンは大喜びで、周囲は爆笑の渦となった。

ところが、事前にテレビ局から何も聞かされていなかった阪神球団は大激怒した。すぐに広報部員が飛んでいき、ニセサッチーらは球場から追い出されてしまった。当然ながら収録していた画像も放送NG…。

その日の夕刻、ダチョウ俱楽部は安芸市内の居酒屋にいた。慰めにいくと、上島竜兵さんは「だから嫌だって言ったんですよ。テレビ局には前もって球団に収録の了解を得てください!って、何度も言ったのに…。だから言わないことじゃない!」と顔を真っ赤にして怒っていた。

肥後さんや寺門さんも憤まんやるかたない様子だった。その時、強調していたのは『お笑いにも、お笑いのルールがある』ということだった。人を笑わせるためだったら、社会のルールやその場、その場のしきたり、人間関係を蔑(ないがし)ろにしてもいいわけではなく、ちゃんと決められたルールや人間関係を遵守してギャグをやらなければいけない…と上島竜兵さんは熱弁していた。社会に「笑い」を提供する裏側には、彼らの生真面目さや、仕事に対する情熱があることをタイガースの春季キャンプ地で目の当たりにした記憶がある。

それから20年以上が過ぎ去った。2年前からのコロナ禍で芸能界の人たちは飲み会や食事会がほとんど出来なくなったそうだ。自分が新型コロナに感染すると他の芸能人にも濃厚接触者として迷惑をかけるし、番組やイベントに即、影響が出るからだ。今月3日には俳優の渡辺裕之さん(享年66)が縊死(いし)した。世の中に夢と希望、笑いを届ける側の人たちが陥っている強烈な孤独感や不安感…。上島竜兵さんの訃報を聞いた夜、タイガースはまた負けた。ダンカンよ、やるせないなぁ…。(特別記者・植村徹也)

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