ビブリオエッセー

それは救いかもしれない 「女が噓をつくとき」リュドミラ・ウリツカヤ著 沼野恭子訳(新潮クレスト・ブックス)

この本を読み終えた直後、ロシアのウクライナ侵攻が始まった。その後、ウリツカヤさんと沼野恭子さんの名を何度も目にした。

ウリツカヤさんはノーベル文学賞の季節にも名前のあがる現代ロシアの女性作家。訳者のロシア文学者、沼野恭子さんはかつてロシアで刊行されたばかりの小説『貫く線』(原題)をウリツカヤさんから贈られたと書いていた。後に『女が噓をつくとき』の邦訳を出版し、親交を深めるきっかけになったそうだ。

小説の舞台は1970年代後半から旧ソ連崩壊後までのモスクワ。6つの短編が主人公ジェーニャを中心に語られる。頭がよく思いやりもあるジェーニャは夫と離婚、その後は再婚し、息子たちを育てながら研究者から一転、放送や出版の世界へとキャリアを積んでゆく。

登場する女たちは皆、ささやかで妄想のような噓をつく。介護する母親も思春期の少女も、高齢の教授や娼婦も。これらの女たちに出会い、ジェーニャはその面白くも悲しい噓の数々に振り回される。しかし最後に事故でどん底にあった彼女を救うのも女の語る物語だった。

女たちにとって置かれた日常から抜け出すための「噓」は自分を救う魔術なのだろう。しかもその噓はどれもかなり魅力的。女たちに鍛えられながら成長してゆく主人公が可愛らしく、さわやかだ。彼女の成長が一本の「貫く線」なのだろう。心があたたかくなる。

ウリツカヤさんは侵攻まもなく、「我が国の指導者が、全人類に大惨事をもたらす状況を作り出した責任があることは明らか」と危険な状況の中でメッセージを寄せていた。その後も文学者の反戦声明に名を連ね、侵攻への抗議を続けている。ロシア文学に魅力を感じる一読者としても、今回の暴挙には憤りと無念しかない。

神戸市中央区 悠(70)

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