もうからないJR西日本ワースト2路線の秘策

JR木次線木次駅のホーム
JR木次線木次駅のホーム

100円の収益を得るために、約6600円がかかる区間がある-。4月にJR西日本がこう公表したのが、松江市の宍道(しんじ)駅と広島県庄原市の備後落合(びんごおちあい)駅を結ぶJR木次(きすき)線だ。赤字により廃線も懸念される木次線を題材にした創作市民演劇「鉄人56号」が、木次駅のある島根県雲南市で4月末に上演された。一般から募集した木次線の思い出を盛り込んだストーリーで、鉄道が町に存在する意味を改めて観客に投げかけた。

「鉄人56号」で主人公を演じた三刀屋高校2年の勝部瑞穂さん(中央)
「鉄人56号」で主人公を演じた三刀屋高校2年の勝部瑞穂さん(中央)

ただ何かを感じるため

「誰も乗らなくなったんです。乗る必要がなくなったんです。車があれば好きなときにどこにだって行けるんです。便利じゃないものはなくなっていく。仕方ないじゃないですか」

主人公の少女が声を張り上げる。JR木次駅の向かいに立つ同市木次町のチェリヴァホール。4月29、30の両日、主人公を演じた三刀屋(みとや)高校(雲南市三刀屋町)2年の勝部瑞穂さん(16)ら地元の高校生から60代までの21人が舞台に立った。

物語は、令和を生きる少女が、乗客として現れた大正、昭和、平成時代の思い出たちと列車に乗り、木次線の歴史の一場面にふれるというストーリー。

大正5年に開業した木次線の前身、簸上(ひかみ)鉄道を支援した地元の大地主、絲原(いとはら)武太郎(ぶたろう)親子の思いや、太平洋戦争中に、若者たちが駅から出征したつらい過去。通学の座席が学年で決まっていたことや、高度経済成長期に、都市部へ就職する中学校の同級生をホームから見送った思い出など、時代を反映した物語が展開される。タイトルは、かつて木次線を走った蒸気機関車「C56」にちなんだ。

脚本・演出を担当した県立高校教諭、亀尾佳宏さん(48)は車掌役として出演もし、劇の終盤、少女に問いかける。「見捨てて切り捨てて気付いたら何もなくなって、そんな街って、豊かなんですかね」

何かをするためだけじゃなく、ただ何かを感じるために乗る。そんな汽車があってもいいじゃないか-。この呼びかけとともに、幕は閉じた。

令和の少女(下段左から2人目)が木次線の歴史と住民の思い出にふれる演劇「鉄人56号」の一場面=島根県雲南市
令和の少女(下段左から2人目)が木次線の歴史と住民の思い出にふれる演劇「鉄人56号」の一場面=島根県雲南市

次の廃線に危機感

木次線は、木次と宍道を結んでいた簸上鉄道が昭和7年に国鉄木次線となり、宍道から出雲三成(みなり)(同県奥出雲町)までが開通。12年に備後落合まで約82キロが全面開通した。備後落合で芸備線と接続し、山陰側と山陽側を結ぶ重要な連絡線でもあった。

だが、マイカー利用の増加や沿線人口の減少などにより、1日1キロあたりの平均利用者数(輸送密度)は、昭和62年度には663人だったものが、令和元年度には190人にまで落ち込んでいる。

JR西が4月に公表した利用者が少ない在来線の収支でも、100円の収入を得るのに必要な費用を示す「営業係数」で木次線の出雲横田(同県奥出雲町)-備後落合が6596円と、公表された17路線30区間中、2番目に高かった。宍道-出雲横田間でも1323円が必要となる。

島根県江津市の江津駅から広島県三次市の三次駅を結んでいたJR三江線は平成30年に廃線になっており、木次線は島根県と広島県を結ぶ唯一の鉄道路線。しかし、運行本数が少ないなどアクセスがいいとはいえず、「三江線の次は、木次線が廃線になるのでは」という懸念が取り沙汰されているのが現状だ。

JR木次駅のホームに入ってきた出雲横田駅行きの列車=島根県雲南市
JR木次駅のホームに入ってきた出雲横田駅行きの列車=島根県雲南市

大切な記憶

毎年、さまざまなテーマで市民演劇を主催する「雲南市演劇によるまちづくりプロジェクト実行委員会」委員長の吾郷康子さん(73)は、今回、木次線を取り上げた理由を「木次線の思い出を募集したところ、県内外から118件も寄せられた。これは物語になるかもしれないと決めた」と説明する。

その上で、「それぞれに大切な記憶があり、鉄道がなくなることは、この地がなくなることだという危機感があった」と地元住民の不安な心情を明かす。

脚本・演出の亀尾さんは「劇を通して、この路線にこんな歴史があったのか、この路線があったから今の自分たちがいるのかもしれないと気付くきっかけになり、乗ってみようかという気持ちになってもらえれば」と話していた。(藤原由梨)

4月の週末でもひっそりとしたJR木次駅
4月の週末でもひっそりとしたJR木次駅

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