守るべき「日本人の心」 『折口信夫「まれびと」の発見』著者・上野誠さんに聞く

インタビューに応じる国学院大学の上野誠教授(桐原正道撮影)
インタビューに応じる国学院大学の上野誠教授(桐原正道撮影)

国文学、民俗学の巨人、折口信夫(おりくちしのぶ)(1887~1953年)は、先の大戦での敗戦時、「日本人の心」の大切さを説いた。このメッセージは新型コロナウイルス禍に苦しむ現代社会にも響くだろう。『折口信夫「まれびと」の発見』(幻冬舎)を出版した万葉学者の上野誠国学院大教授(61)が高く、深い「折口学」を解き明かす。

折口の研究領域は実に幅広い。アララギ派の歌人であり、万葉集全首を現代語訳した「口訳万葉集」を初めて世に送り出したのも折口だ。柳田国男(やなぎたくにお)に師事して民俗学に独自の視点から深く切り込み、「まれびと」なる、日本人の信仰にまつわる観念を導き出した。日本文学の発祥を探り、物語の類型としての「貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)」を思いつく…。

折口は古典を研究することによって、それが、後の日本人の心や生活をどう形作っていったのか、究めようとしたのであろう。

上野さんにとって折口の研究は、学生時代から長く取り組んできたライフワークのひとつだ。「日本の古典をベースにした最もスケールの大きな『日本文化論』であり、没後約70年たった今でもそれを超えたものはないと思います」

ただ、その大きさゆえに、内容は難解で手ごわい。全体が「丸」のようにつながっており、個別の研究を突き詰めてもゴールにはたどり着けない。古典への知識や理解も必要だ。

そこで上野さんは、特に現代性を持つ事柄に注目。「取っつきやすい、柔らかい部分を取り上げ、入門書以前の〝入り口書〟を目指した」と話す。

たとえば、先述した「まれびと」。これは、他界からやってくる神様、あるいは神様に代わる存在のことだ。その「おもてなし」のために、神社の建築物も、お祭りも、神楽などの諸芸能も、さらには茶道も華道も、多くの年中行事も、そこから派生したのではないか、と折口は考えた。

「『源氏物語』を読んだことがない現代人も、お月見やひな祭り、あるいは『なまはげ』の行事は知っている人は多いでしょう」。本書では折口学のキーワード129項目を抜き出し、分かりやすく解説することを心がけた。

「現代性」のポイントは他にもある。先の大戦での敗戦を目の当たりにしたとき折口は、日本の将来を憂えた。「物量や科学の差で負けた」という主張ばかりが横行し、「心」や「精神」の問題が置き去りにされていたからだ。

上野さんは「自らや歴史を振り返る心がないと、本質を見失う。優雅で余裕をもった『日本人の心』を失えば、社会はどんどん悪くなる、と折口は言いたかったのでしょう」。まさに、現代の日本人こそが耳を傾けるべき箴言(しんげん)ではないか。

おりくち・しのぶ 明治20(1887)年、現在の大阪市出身。天王寺中(旧制)から国学院大へ進み、中学(同)教員などを経て国学院大、慶応大教授に。その研究領域は、国文学、民俗学、国語学、神道学、芸能史など、極めて幅広く、古代日本人の精神や思考法から現代へとつながる心を汲み取ろうとした。歌人名は、釈迢空(しゃくちょうくう)。昭和28年、66歳で死去。

うえの・まこと 国学院大学文学部教授(特別専任)、奈良大学名誉教授。専門は、万葉挽歌(ばんか)の史的研究と万葉文化論。昭和35年、福岡県出身。国学院大学大学院文学研究科博士課程満期退学。『万葉学者、墓をしまい母を送る』で令和2年、日本エッセイスト・クラブ賞受賞。

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