主張

こども家庭庁 躊躇なく踏み込む覚悟を

子供政策の司令塔となる「こども家庭庁」の設置関連法案の審議が衆院で行われている。

これまで子供関連政策は、内閣府、厚生労働省、文部科学省に分かれていた。司令塔を一本化して縦割り行政を排し、総合調整するのが狙いである。

だが、国会で行われている法案審議を聞いていると心もとない。

その代表例が衆院内閣委員会における名称論議だ。野党から「家庭」の文言が入ったことへ批判や疑問の声が相次いだ。

「こども庁」の名称の方が、子供を権利主体とするなら適切だという声や、虐待を受けた子供には家庭という言葉自体が不安感を呼び起こすとの指摘もあった。

子供にとって深刻な問題を抱える家庭があるからこその「こども家庭庁」ではないのか。

家庭の自主性は本来重んじられるべきだが、周りが手をこまねいていては虐待やネグレクト(養育の放棄、怠慢)の被害にあう子供らを救えない。

今求められているのは、必要なときには躊(ちゅう)躇(ちょ)せずに家庭に関与し、踏み込んで子供を守る組織である。

現実社会には、家庭で顧みられていない子供もいる。育児に行き詰まり孤立感を深める親もいる。こうした脆(ぜい)弱(じゃく)な家庭への目配りと支援がこれまでは欠けていた。民間団体などとも協力して充実させていく必要がある。

虐待などで家庭が機能しない場合には、里親や養親など、実の親に代わる安寧な家庭を子供に提供することも必要だ。養育支援と家庭は不可分といえる。

就学前の子供に必要な福祉と教育の再検討も欠かせない。

欧米では就学前プログラムが注目されている。困難を抱える家庭への訪問による適切な働きかけや学習支援をすることで子供の忍耐力や意欲が養われ、非行や中退などを減らせると分かってきた。

一連の施策を展開する上で、こども家庭庁の体制にはなお課題がある。内閣府、厚労省、文科省の子供関連政策の一元化は見送られた点だ。

幼稚園や保育所に通っていない子供らへの目配りも極めて大切である。脆弱な家庭に暮らす小さな子供たちを助けるためには、幼児教育と保育の専門家が協力していかなければならない。

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