横浜中華街のシンボル「聘珍樓横濱本店」移転へ

聘珍樓横濱本店が面している「中華街大通り」=横浜市
聘珍樓横濱本店が面している「中華街大通り」=横浜市

現存する国内最古の中国料理店として知られる横浜中華街の「聘珍樓横濱本店」が、移転のため15日で閉店する。創業の地であり、明治期以降130年以上にわたって現地で営業を続けてきた同店。利用者や同業者などからは「中華街のシンボルが一つ失われる」などとして、惜しむ声が相次いでいる。

同社によると、同店舗の移転は以前から計画していたものだという。ただ、新型コロナウイルス感染拡大により、中華街全体で飲食店の経営が大きな打撃を受けるなか、「計画を予定よりも前倒しすることになった」(担当者)。移転先や移転後の開業時期などは未定としている。

震災や戦禍くぐり

中華街の中でもメインの通りとなる「中華街大通り」の中ほどに位置する同店。中華街を散策する観光客らにとって、歴史と威容のある同店は、中華街のシンボルとしてひときわ大きな存在感を示してきた。

同店は同社の創業の地にある。いまから138年前の明治17(1884)年、張姓の華僑が開業したのが始まりという。横浜中華街発展会協同組合の資料などによると、当時は1階にたばこ店が入る建物の2階がレストランだった。その後の関東大震災(大正12年)で店舗は壊滅したが、張茂元氏から鮑荘昭氏と鮑金鉅氏の親子に経営が移り再興。200人の宴会ができるほどの規模になった。

ただ、第二次世界大戦で中華街が焦土となり、再び店舗は失われた。焼き物店として事業を縮小していたところを、萬珍樓の創業者でもある龐柱琛(日本名・林達雄)氏がのれんを買い取り、現会長の林康弘氏が引き継いだ経緯がある。

現行の店舗は、昭和61年から使われている。最上階の7階には、特別室として4つの個室を設け、それぞれ、600年余りの歴史を持つ蘇州の古い屋敷を再現した庭付きの個室となっている。3階は最大225人、4階は最大125人を収容できるパーティーフロアのほか、2人から利用できる個室が18部屋ある。観光客のみならず、数多くの財界人・要人などにも利用されてきた店舗だ。

街全体への打撃懸念

同店の移転を受け、店の利用者や中華街で商売を営む関係者らからは相次いで惜しむ声が聞かれた。長年、同店を愛用してきたという横浜市内に住む70代女性は「店内の格調高い雰囲気が好きでいつも利用していた。この場所からなくなってしまうのは惜しい」と話した。

また、中華街で飲食店を営む50代男性は「シンボル的存在がなくなるのは、中華街全体にとって打撃となるのではないか」と危惧した。聘珍樓のホームページによると、同店は閉店となるが、国内4店舗と香港4店舗のレストランのほか、「聘珍茶寮SARIO中華街店」や全国の売店各店などはこれまで通り営業を続ける。

林衛社長は「聘珍樓の味と仕事の伝統を守り抜き、次の世代に伝えていくため、一層努力していく」とコメントしている。

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