東京・日野の土方歳三資料館、10月に長期休館へ

「土方歳三資料館」の外観=日野市(太田泰撮影)
「土方歳三資料館」の外観=日野市(太田泰撮影)

幕末の新選組副長、土方歳三(1835~69年)の生まれ故郷、東京都日野市にある「土方歳三資料館」が、10月末から長期休館に入る。歳三の兄の子孫、土方愛(めぐみ)さん(50)が館長を務めてきたが、個人による運営の継続が難しくなったことから苦渋の決断を下した。愛さんは「訪れてくれていた人たちへの恩返しのつもりで、秋までは一日一日を大切に運営したい」と語る。

「鬼の副長」の異名でも知られる歳三は、幕末の戊辰戦争で旧幕府軍の一員として各地で戦ったが、五稜郭(北海道函館市)で戦死した。同資料館があるのは、歳三が青年期までを過ごした生家の跡。庭には「武士になって名を上げん」と願いを込めて、歳三自らが植えたという矢竹が今も青々と茂っている。

もともと茅葺だった生家は、区画整理などのため平成2年に建て替えられた。その際「遺品を公開してほしい」と多くの要望が寄せられたことから、6年に資料館として開館。建て替え前の生家で育った最後の世代という愛さんは、24年に母から館長を受け継いだ。

同資料館では、幼少期から五稜郭で戦死するまでの歳三ゆかりの品々、約70点が展示されている。中でも「歳三さんの息吹を最も感じられると思う」(愛さん)のが、最期の時まで携えていたとされる愛刀「和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)」だ。

毎年、刀身は命日の5月11日の前後などに期間限定で公開されており、今年も今月15日まで展示される予定。公開日時などの詳細は公式サイトで確認できる。

討幕派浪士を襲撃した「池田屋事件」で身に着けた「鎖帷子(くさりかたびら)」や、文久3(1863)年の「八月十八日の政変」の際に額を守るために着用した「鉢金(はちがね)」など、歴史的事件に関連する物のほか、直筆の書簡など歳三の人となりを知ることができる資料も多い。

新選組は映画やドラマ、ゲームなどの題材として根強い人気を誇るが、開館当初の来館客は1日10人程度だったという。その後、約30年間で来館客は増え、「一日で1千人以上が訪れる日もあり、海外からも熱心なファンが来てくれるようになった」と愛さん。

一方で、個人で運営に携わる愛さんの負担が大きくなったのも事実だった。特に新型コロナウイルス禍となってからは感染対策も加わり、「遺品の保存や修復、整理も個人でやってきたが、対応できる範囲を超えてしまった」と明かす。

開館以来、初となる長期休館だが、あくまでも「今後の態勢を考えるための前向きな休館」と位置付けている。その上で、「実際に育った場所と使っていた物などを見て、筋を通した生き方をした『土方歳三』という人物を感じてほしい」と愛さんは話している。(太田泰)

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