世界初「木の酒」年内にも市販へ ベンチャーが千葉市に蒸留所

森林総合研究所が樹木から造った蒸留酒(手前)と蒸留前の発酵液(奥)=4月、茨城県つくば市
森林総合研究所が樹木から造った蒸留酒(手前)と蒸留前の発酵液(奥)=4月、茨城県つくば市

樹木から造り出した世界初の酒が、年内にも市販される。ベンチャー企業、エシカル・スピリッツ(東京)が千葉市緑区に蒸留所を建設中で、それぞれの樹木が持つ独特の風味が特徴だ。製造技術は森林総合研究所(茨城県つくば市)が開発。同社は国の許可を取得した上で本格的な生産を始め、市場の反応を見ながら生産量を増やす。人類が手にした新たな酒を、私たちが飲める日は近い。

杉など4種類

エシカル・スピリッツが最初に蒸留を予定しているのは杉、桜、ミズナラ、クロモジの4種類。千葉市の蒸留所が完成して酒の製造免許を取得できれば、埼玉県ときがわ町から木材のチップを運び入れ、出来上がった酒を瓶詰めするまでの一連の作業を同所で行う。

この酒の特徴は、蒸留した時点で樹木ごとに異なる風味を持つことだ。蒸留したばかりなので色は透明。ウイスキーのように、小麦やトウモロコシなどの穀物を発酵させて蒸留し、たるで何年も寝かせて色や風味をつけるのとは対照的なイメージとなる。

製造技術の特許を持つ森林総研で記者が香りを確認した所、桜の酒は桜餅を、ミズナラの酒はウイスキーを連想させた。一方でクロモジの酒は、新たな可能性を感じさせる個性的な香りだった。

開発に関わった森林総研の大塚祐一郎主任研究員(45)によると、口に含むとアルコールの味と同時に、それぞれの樹木が持つ香りが鼻を突き抜けるという。

色がついた蒸留前の発酵液と混ぜて香りや色合いを楽しむ飲み方も考えられ、大塚さんは「例えば桜の発酵液は真っ赤だが、蒸留したものを少し混ぜるとピンクになる。まさに桜の色だ」と話す。

度数は30%程度

木の酒を造る上で鍵を握るのは、森林総研が開発した「湿式ミリング処理」と呼ばれる手法だ。樹木の幹や枝を直径2マイクロメートル(1マイクロは100万分の1)未満という非常に小さな微粒子にすり潰すことで、細胞壁の中から「セルロース」と呼ばれる物質を取り出すことができる。

セルロースに食品用の酵素を加えて作ったブドウ糖に酵母を投入するとアルコール度数が2%程度の発酵液ができる。これを2回蒸留すると、アルコール度数は30%程度まで高まる。

樹木から酒を造り出した森林総合研究所の野尻昌信チーム長(右)と大塚祐一郎主任研究員=4月、茨城県つくば市
樹木から酒を造り出した森林総合研究所の野尻昌信チーム長(右)と大塚祐一郎主任研究員=4月、茨城県つくば市

例えば重さ2キロの杉で一連の作業を行うと、アルコール度数35%の蒸留酒が、市販の酒瓶に相当する750ミリリットル程度できる。

日本国内で生育している樹木は約1200種類あるとされ、さまざまな風味が期待できる。樹種によっては人体に良くない影響を与える可能性もあるため、安全確認は必要だが、少なくとも同社が手がける4種類の樹木は、森林総研で行われた動物実験などの安全試験をクリアしているという。

SDGsに貢献

〝木の酒〟の蒸留所を千葉市で建設している蒸留ベンチャー「エシカル・スピリッツ」の小野力COO=3月、東京都台東区
〝木の酒〟の蒸留所を千葉市で建設している蒸留ベンチャー「エシカル・スピリッツ」の小野力COO=3月、東京都台東区

この酒の名前はまだないが、エシカル・スピリッツは〝木の蒸留酒〟を意味する「ウッド・スピリッツ」と名付けた。同社は、間伐材を用いた酒造りが木材の有効活用につながり、国連が定めた「持続可能な開発目標(SDGs)」にも貢献すると期待する。最高執行責任者(COO)の小野力さん(27)は、「新たな酒のカテゴリーとしての可能性を感じている。世界の樹木に広がれば無限の組み合わせを持ち、チャレンジする価値がある」と意気込む。年内にも数量限定での発売を目指す最初の市販品について「プレミアムな感じはつけると思う」とした上で「その後は、より親しみやすい価格帯も検討していく」と話す。

一方、森林総研の野尻昌信チーム長(59)は、「この技術を山村地域に広げたい」と打ち明ける。国内各地の森林で地酒ならぬ「地木酒」を造り、林業さらには地域の振興につなげたいからだ。「そのためにも大量生産の手法を整えたい」と、野尻さんは今後を見据える。

酒の歴史に新たな1ページを加えるであろう〝木の酒〟の登場。近い将来、私たちが樹木を見る目は変わっているのかもしれない。(小野晋史)

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