TOKYOまち・ひと物語

蓋に描かれた豊かな風土求め マンホール研究家 石井英俊さん

各地で撮影したデザインマンホールの写真を手に語る石井英俊さん=4月29日午後、中野区(内田優作撮影)
各地で撮影したデザインマンホールの写真を手に語る石井英俊さん=4月29日午後、中野区(内田優作撮影)

前を向いて歩くのは安全通行の基本だが、元都下水道局職員の石井英俊さん(71)は、もっぱら下を向いて歩く。石井さんが注目するのはマンホールだ。「デザインマンホール」と呼ばれる各地の名物をモチーフにした蓋を探し求め、全国を歩いてきた。蓋の先には、日本の豊かな風土と歴史がのぞく。(内田優作)

地道に探す

石井さんは北海道から沖縄まで全国約1800の自治体をめぐってデザインマンホールを訪ね、平成27年には研究書を出版した。小平市ふれあい下水道館で今月22日まで、自身の写真を展示する「昆虫と小動物が描かれたデザインマンホール蓋写真展」が開催中だ。

下水道局出身だからマンホールに関心を持ったのではない。「私が携わったのは下水処理の水質管理。マンホールとは直接、関わりがないのです」。デザインマンホールとの最初の出会いは約25年前、三重県伊勢市を旅行中にお伊勢参りの図柄のマンホール蓋を目にしたことだった。「なんでこんな絵が描いてあるのだろう」。妻の紀代子さん(68)と趣味の自転車旅行をするうち「街によっていろいろなものがある」と気付き、デジタルカメラで各地を撮影して回るようになった。

クジラを図柄にした小笠原村のマンホール蓋(石井英俊さん提供)
クジラを図柄にした小笠原村のマンホール蓋(石井英俊さん提供)

探し方は地道だ。各地の観光ガイドを取り寄せ、デザインマンホールのある場所を確認して現地へ向かう。一方で「行き当たりばったりで『これはなんだ?』というのも楽しい」。自転車や徒歩などで歩道を探し回り、見つけたときの喜びはひとしおだという。「旅行先でトイレ休憩になると、買い物もせずに何かがないかとあらぬ方向へ走るんです」と紀代子さんは笑う。

由来は那覇

デザインマンホールの発祥は那覇市といわれる。石井さんが市関係者から聞き取った話では、昭和50年代前半、「下水道は金がかかるのに目立たない。画一的なデザインではなく、アピールする材料はないか」という建設省(当時)の意向を受け、沖縄らしい魚が大きな口を開けたデザインのマンホール蓋を作ったのが原点になったという。

都内にも多くのデザインマンホールがある。「サンリオピューロランド」の最寄りの多摩センター駅(多摩市)には「ハローキティ」、小笠原村には近海を泳ぐクジラを図柄としたものなど、地域のカラーを表している。「花鳥風月よりは独自の文化の薫りがするものがいい」という石井さんが好きな蓋に挙げたのは、八王子市の伝統芸能、車人形を図柄にしたもの。「かわいらしく、色を使わないのもいい」として、「町田リス園」のある町田市の傘を差したリスの図柄も一押しだという。

 傘を差すリスを図柄にした町田市のマンホール蓋(石井英俊さん提供)
傘を差すリスを図柄にした町田市のマンホール蓋(石井英俊さん提供)

地域の風土や文物が中心だったマンホールの蓋には、人気アニメ「ポケットモンスター」をはじめ、有名キャラクターの図柄も増えてきた。石井さんは「10年ほど前から、マンホールで人を呼び込もうとする自治体が増えている」と指摘する。

独自の文化

日本のデザインマンホール文化は、海外にも伝わりつつある。「マンホールの蓋にお金をかけ、知恵を出して、街の自慢をする文化は外国にはあまりない」(石井さん)ことも背景にありそうだ。石井さんの研究書は2018年、台湾でも翻訳出版された。

 伝統芸能の車人形を図柄にした八王子市のマンホール蓋(石井英俊さん提供)
伝統芸能の車人形を図柄にした八王子市のマンホール蓋(石井英俊さん提供)

街を見て歩く中で、マンホールから新たな「クエスチョン」が生まれることもある。なぜ、その図柄にしたのかを考え、地域に思いをめぐらせるのが楽しみの一つだという。「せっかく同じ日本にいるので、いろいろなものを見たい。見るだけではなくまとめる過程もあり、死ぬまで楽しみは尽きません」。

つい見過ごしがちなマンホールだが、奥深さはあなどれない。

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