果物の搾りかす、ビールの風味によみがえり ロス削減へ古都の醸造所の挑戦

果実の搾りかすを利用した「ミックスフルーツヴァイツェン」を造る市橋健さん=奈良市
果実の搾りかすを利用した「ミックスフルーツヴァイツェン」を造る市橋健さん=奈良市

食べられるにもかかわらず捨てられてしまう「食品ロス」。削減に向けた取り組みが続くが、加工食品に利用された後の野菜や果物の切れ端やかすなどは再利用しにくく、捨てられてしまうケースも多い。奈良市のクラフトビール醸造所は、果物の搾りかすを活用したビールを醸造。不要なものを生かし商品価値をつける「アップサイクル」の試みだ。

徹底的に利用

江戸時代などの町家が並ぶ奈良市中心部、通称「ならまち」の一角。倉庫を改修したクラフトビール醸造所「ゴールデンラビットビール」で今春、新たなビールが誕生した。フルーツビールの製造時に出る果物の搾りかすで風味をつくった「ミックスフルーツヴァイツェン」だ。

同醸造所は、奈良県産のイチゴなど果物を配合したフルーツビールも醸造。1回の醸造(300リットル)で果物の搾りかすが数十キロ出るが、搾ったあとの果実は再利用しにくく、これまでは廃棄したり、畑の堆肥にしたりするしかなかったという。「捨てるのはもったいないので誰か使う人はいないかと思っていたが、自分で挑戦してみようと思い立った」と代表の市橋健さん(41)は話す。

開発を模索していたところ、ふるさと納税の仕組みを使い、特定の事業への寄付をインターネットで募るクラウドファンディングを奈良市が始めることを知り、応募。支援事業に選ばれた。開発資金を募集すると目標の100万円を達成、事業化に着手した。

フルーツビールは1種類の果実を丸ごと利用するが、果実の搾りかすでは同様の風味を出すのは難しい。試行錯誤を重ね、複数の果実の搾りかすを組み合わせ、新たな風味をつくることにした。

ミックスフルーツヴァイツェンは、イチゴやブドウなど6種類の搾りかすを使用。「フルーツの香りが漂うまろやかなビールに仕上がった」という。

コースターとしても利用できるラベルには、醸造の際に出る麦芽のかすを使った再生紙を使用。醸造過程で発生するかすを徹底的に利用した製品を考え出した。同市のふるさと納税の返礼品に採用されている。

気付きつなぐ

「このビールを飲んでもらうことが『こんな食品が捨てられている』と気付くことにつながれば」と市橋さんは話す。

実はビール造りは副業で、普段は製薬会社の社員として働く。平成22年に開かれた平城遷都1300年祭の会場で地ビール(クラフトビール)がなかったことを残念に思い、ビール造りに挑んだ。

醸造所での研修などで技術を習得し「そらみつ」「あをによし」など、奈良にかかる枕詞(まくらことば)を冠したクラフトビールをつくる。「清酒発祥の地としても知られる奈良で、素材を生かして魅力を伝えたい」との思いを込める。

ミックスフルーツヴァイツェンの完成を機に、廃棄していた材料を蘇生(そせい)させたという意味から名付けた新ブランド「SОSEINО」を立ち上げ。ミックスフルーツヴァイツェンは同ブランドシリーズの第1弾に位置づけた。

「ならまち」の一角にあるゴールデンラビットビール =奈良市
「ならまち」の一角にあるゴールデンラビットビール =奈良市

今後、酒造会社と協業し、酒かすを活用したビールの商品化も目指す。新型コロナウイルスの影響が残るなか「SОSEINО」の商品群を増やしていく考えだ。

 醸造されたさまざまなクラフトビール。奈良の魅力をアピールする1本でもある
醸造されたさまざまなクラフトビール。奈良の魅力をアピールする1本でもある

「一つの商品を製造して終わりとするのではなく、いろいろなつながりが生まれ、楽しく提供できるようになる」。「廃棄物」の蘇生から生まれる新たな価値の創造へ力を注ぐ。

「規格外」活用 各地でも

青果物の栽培で形やサイズによって発生する「規格外品」。通常廃棄されることが多いこれらを生かし、新たな価値を生み出そうと、各地でさまざまな取り組みが行われている。

「フルーツ王国」として知られる和歌山県。かつらぎ町の猪原有紀子さん(35)は農家から規格外の果物を購入し、菓子のグミに似たドライフルーツに加工、「無添加こどもグミぃ~。」との商品名でインターネット販売している。大阪府内からの移住前に同町を訪れた際、出荷できない柿が畑で大量に捨てられているのを見たのがきっかけだった。

グミに似たドライフルーツ(猪原有紀子さん提供)
グミに似たドライフルーツ(猪原有紀子さん提供)

当時、子供に無添加のグミを食べさせたいと思っていたため利用法を模索、大阪市立大学などの協力で実現した。「大きな副産物としてフードロス削減につながった」。購入した果物は福祉施設に依頼し、商品に加工してもらっている。

収穫量が全国2位の柿をはじめ、ナシやブドウ、梅、イチジクなど果物の栽培が盛んな奈良県でも取り組みが進む。柿は加工品としての活用が限られているため、県と近畿大学は県産柿を使ったワインの商品化に向けた取り組みを展開。県豊かな食と農の振興課は「商品のバラエティーをつくることで生産振興や消費拡大にもつながる」と期待している。(岩口利一)

目標12「つくる責任つかう責任」 2030年までに小売り・消費での世界全体の一人当たりの食料の廃棄を半減させ、収穫後の損失など食品ロスを減少させる。再生利用などで廃棄物の発生を大幅に削減する。

いつの時代も安定した生活の基盤となる「衣食住」。国連の持続可能な開発目標(SDGs)の目指すところの一つも、衣食住の安定だ。食の無駄をなくす、衣料の資源を守る、安心して住み続けられるまちをつくるー。各地で進む取り組みをみる。

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