フォト特集

悲しみのウクライナ色 奪われた同胞、美しい故郷

わが子の棺にすがりつくナターリヤさん。ウクライナカラーを思わせる青い布と黄色の花束が、雲間から届いた春の日差しに照らされた =4月28日、イルピン(桐原正道撮影)
わが子の棺にすがりつくナターリヤさん。ウクライナカラーを思わせる青い布と黄色の花束が、雲間から届いた春の日差しに照らされた =4月28日、イルピン(桐原正道撮影)

ロシアの侵攻が続くウクライナ。首都キーウ(キエフ)の北西にあるイルピンの墓地を訪れた。針葉樹に囲まれた広大な敷地の一角で、作業員3人が土と汗にまみれ、シャベルで黙々と墓穴を掘っていた。

傍らでアレクサンダーさん(40)の埋葬が始まった。ロシア軍が侵攻した際、取り残された母親のナターリヤさん(62)を助け出そうと車で迎えにいく途中、軍の銃撃を受けて亡くなったという。

「息子よ。あなたが死んでしまって、私が生き残っても意味がないのよ」

棺(ひつぎ)にすがりつくナターリヤさん。語りかけるような涙交じりの声はとても細かったが、心を突き刺すように響いた。

ロシア軍のミサイル攻撃を受けたマンションの前を歩く少年。口を固く結び、拳は強く握りしめられていた =4月26日、キーウ(桐原正道撮影)
ロシア軍のミサイル攻撃を受けたマンションの前を歩く少年。口を固く結び、拳は強く握りしめられていた =4月26日、キーウ(桐原正道撮影)

ウクライナ侵攻を4月中旬から約2週間、現地で取材した。キーウ攻防の主戦場となった近郊のブチャやイルピンなどの街は、攻撃の爪痕が深く残っていた。

約1カ月も地下に幽閉されていたという女性は、体験を思い出し、顔を両手で覆った。比較的、日常が戻ったかに見えたキーウでさえ、険しいまなざしで前を見つめ、唇をきつくかみしめる少年に出会った。

ロシア軍によって住民が1カ月にわたり幽閉されていたという幼稚園の地下室で、当時を思い出し言葉をなくすローラさん(50) =4月22日、ブチャ(桐原正道撮影)
ロシア軍によって住民が1カ月にわたり幽閉されていたという幼稚園の地下室で、当時を思い出し言葉をなくすローラさん(50) =4月22日、ブチャ(桐原正道撮影)

ナターリヤさんの横では別の家族が埋葬の順番を待っていた。作業員が掘った墓穴に、こうして戦争犠牲者の棺が次々に埋められていくのだという。

アレクサンダーさんの青い棺と、ナターリヤさんの手にした黄色い花。それは一瞬、ウクライナの国旗のように見えた。街を、そしてこの国を覆う悲しみはいつ晴れるのだろう。

(写真報道局 桐原正道)

イルピンの墓地で、十字架にそっとくくり付けられるアレクサンダーさんの遺影 =4月28日(桐原正道撮影)
イルピンの墓地で、十字架にそっとくくり付けられるアレクサンダーさんの遺影 =4月28日(桐原正道撮影)
キーウ近郊を走る幹線道路の検問所で任務に就く義勇兵のヴィタリさん(57)。ロシア軍が首都に向けて侵攻した際は戦闘に加わったという。「彼らは武装したわれわれを撃たずに民間人を殺害したんだ。理解できない」と語った =4月28日(桐原正道撮影)
キーウ近郊を走る幹線道路の検問所で任務に就く義勇兵のヴィタリさん(57)。ロシア軍が首都に向けて侵攻した際は戦闘に加わったという。「彼らは武装したわれわれを撃たずに民間人を殺害したんだ。理解できない」と語った =4月28日(桐原正道撮影)
埋葬されたアレクサンダーさんの墓地を前に肩を落とす母親のナターリヤさん(右手前から2人目) =4月28日、ウクライナ・イルピン(桐原正道撮影)
埋葬されたアレクサンダーさんの墓地を前に肩を落とす母親のナターリヤさん(右手前から2人目) =4月28日、ウクライナ・イルピン(桐原正道撮影)
埋葬のため、墓地に運び込まれるアレクサンダーさんの棺 =4月28日、ウクライナ・イルピン(桐原正道撮影)
埋葬のため、墓地に運び込まれるアレクサンダーさんの棺 =4月28日、ウクライナ・イルピン(桐原正道撮影)
アレクサンダーさんの埋葬を前に聖書を読み上げる神父 =4月28日、ウクライナ・イルピン(桐原正道撮影)
アレクサンダーさんの埋葬を前に聖書を読み上げる神父 =4月28日、ウクライナ・イルピン(桐原正道撮影)
アレクサンダーさんの埋葬を前に聖書を読み上げる神父 =4月28日、ウクライナ・イルピン(桐原正道撮影)
アレクサンダーさんの埋葬を前に聖書を読み上げる神父 =4月28日、ウクライナ・イルピン(桐原正道撮影)

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