毎年ゼロからチーム作り 春高バレー制覇の監督

「その年の選手のいいところを伸ばしていく」と話す日本航空高校男子バレー部の月岡裕二監督(平尾孝撮影)
「その年の選手のいいところを伸ばしていく」と話す日本航空高校男子バレー部の月岡裕二監督(平尾孝撮影)

日本航空高校男子バレー部監督 月岡裕二さん(54)

「ジャパネット杯 春の高校バレー」第74回全日本バレーボール高等学校選手権大会(春高バレー)で、日本航空高校男子バレー部を山梨県勢として初の全国制覇に導いた月岡裕二監督。今春も新入生が入部し、新しいチーム作りが始まっている。全国から追いかけられる立場となるが「今の選手に合ったチームをゼロから作る」と気負いはない。(平尾孝)

川崎市立生田中学に入学したときに、身長が170センチを超えていました。最初はバスケ部でした。バレー部は全国レベルの強豪で、羽田野義博監督に「誘うのはこれが最後だ」と言われ、やっていけるのか不安だったのですが、気持ちが動かされ、2年の夏にバレー部に入りました。3年の時にはエースとして全国大会で好成績を修めましたが、羽田野監督からは技術よりも常に一人の人間としてどうあるべきかを考えさせられたことが、思い出です。

藤沢商高に進み、ここでは黒田裕監督から技術を基礎からたたき込まれました。アタックの一本一本の正確性が求められると同時に、守備ではボールを落とさないという厳しい練習で、試合が最も楽という状況でした。3年の時は主将で、インターハイと春高の2冠を果たしました。

この名将2人に育てられたことで、大学やその後のVリーグ時代に、将来は中学生や高校生の指導者になることを意識し始めました。今でも、2人の監督ならどう指導するだろうと考えるなど、自分の指導者としての原点です。

30歳で現役を引退し、すぐに日本航空の監督に就任しました。この頃、県内強豪校の壁は厚く、県大会の優勝経験がない状況でした。そこで取り組んだのは選手の意識改革でした。今も大事にしている「バレーボールを1にする」という言葉です。

選手がバレーを最も大切にする状況をつくるには、何をしなくてはいけないかということです。選手である前に学生であり、授業や寮生活をしっかり取り組むことが大事だと、教えました。それが実を結び、就任4年目から県ナンバーワンとなり、連続で春高バレー出場を果たしています。

私は、学生スポーツは毎年選手が入れ替わる中で、監督の持論を押し付けるのでなく、その年の選手のいいところを伸ばしていくべきだと強く思っています。だから、全国制覇した昨年のチームの経験はありますが、今年のチーム作りはもう一回、ゼロからのヨーイドンですね。去年よりも身長の高い選手も多く、高さを武器にできるチームになりそうです。

月岡裕二(つきおか・ゆうじ)】 昭和43年4月生まれ。川崎市出身。藤沢商高(現・藤沢翔陵高)、明治大学、Vリーグ、サントリーでプレーし、平成10年から日本航空高校男子バレー部監督。同校社会科教諭。

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