朝晴れエッセー

母の指輪・5月8日

私には霊感がない。が、亡き父の声を聞いたことはある。

父の四十九日法要の前夜、祭壇の線香を交換していたら、斜め後ろから名前を呼ばれた。晩年寝たきりだった父。あの世まで無事に到着できるか心配だったが、その元気そうな声を聞いて安心した。

17年後の去年、2週間寝込んで母が亡くなった。兄は霊感があるのか、時折気配を感じるという。私だって四十九日の頃には…、あわよくば両親そろっての声が…、とひそかに待っていた。

しかし何事もなく四十九日も終了。お寺さんと数人の身内も帰り、静かになった家の中、家族でお昼を食べた。食後、兄が思い出したように「そういえば、今日、斜め後ろにお母さんの気配がした」と言った。

へー、そうなんだ…。お兄さんにはね…。そしてふと食卓に視線を落とすと、目の前に見慣れた指輪が。

それは母がいつもはめていた指輪だった。納棺の準備のとき、葬儀社の女性に「これは形見にもらったらどうですか?」と言われ、指から外し、とりあえずお数珠の袋に入れた。

あわただしい日々の中ですっかり忘れていた。今朝、食卓の上でお数珠を出したとき、知らぬうちに転がり出たのだろう。

姉の形見と言っていた。そのお姉さんとも、もう再会できただろうか。小さなすり傷や色あせは、引き継がれ、長い年月指になじんだ証し。

そっと手のひらに乗せると、指輪は鈍く光った。「気が付かんかってもね、あんたのことも見よるがね」と言わんばかりに。


渡部みゆき(61) 松山市

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