書評

『女人入眼』永井紗耶子著(中央公論新社・1870円)北条政子と乱世の女たち

『女人入眼(にょにんじゅげん)』
『女人入眼(にょにんじゅげん)』

大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも、その存在感が際立っている北条政子だが、本書は政子の娘である大姫の入内を軸にしたドラマを描いた物語だ。

主人公は、京の都で丹後局に仕える女房・周子(ちかこ)だ。朝廷と鎌倉幕府との縁を強めるための策として、大姫の入内を目論(もくろ)む丹後局の命により、周子は鎌倉に入る。

雅(みやび)な京と武ばった鎌倉。着衣まで異なる様(さま)に、戸惑う周子。そんな周子をさらに悩ませたのは、当の大姫そのものだった。初めてお目通りが叶(かな)ったのは、周子が鎌倉入りをしてから10日過ぎのことだったし、いざ対面となっても、挨拶(あいさつ)を交わした直後に大姫は大きな欠伸(あくび)をして、奥へ引っ込んでしまう。大姫が気鬱の病を抱えていることを知りながらも、周子は暗澹(あんたん)たる思いに。

それでも、なんとか大姫との距離を縮めようと、周子は自身の見聞を広めていく。そのうちに見えてきたものは、大姫が抱える心の傷の深さと、御台(みだい)として君臨する政子が、大姫に及ぼす影だった。

大姫を愛するあまりの政子の暴走は、「毒親」めいてもいる。大姫が、唯一心を開いた相手である河越尼は政子のことを「あの御方は過たない」「過ちを認めず、誰かの責にするからです」と評した。大姫が誰にも心を開かないのは、自分のために誰かが責を負うことになるのを避けるためだったのだ。

後年、「尼将軍」とまで呼ばれた政子だが、母親としての側面は歪(いびつ)なものだった。その歪さが巻き起こした悲劇、それが大姫だ。けれど、同時に、あの時代に、武士たちの棟梁(とうりょう)である頼朝を支え、北条の家を守り抜いたのは、まぎれもない、政子その人だった。荒削りな政子の強さと、大姫の儚(はかな)さが、光と影のように、読み手の心に刻まれる。

表題の「女人入眼」とは、慈円が政子に語った「男たちが戦で彫り上げた国の形に、玉眼を入れるのは、女人であろうと私は思うのですよ」という言葉からのもの。政子はもちろん、周子をはじめとする本書に登場する女性たちが、逞(たくま)しく、そしてしなやかに乱世を生き抜いていく様が眩(まぶ)しい。物語のラスト、八幡宮を濡(ぬ)らす雨は、彼女たちを労(いた)わる慈雨のようでもある。

評・吉田伸子(書評家)

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