北京冬季パラリンピックの開幕を8日後に控えた2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻した。これを受けて国際オリンピック委員会(IOC)は3度にわたり異例の声明と勧告を出した。ロシア政府の「オリンピック休戦決議」違反に対する非難声明、国際競技連盟(IF)へのロシアとベラルーシにおけるスポーツ大会の移転・中止およびスポーツ大会での両国の国旗国歌の使用禁止要請、そしてIFと大会主催者に向けた両国選手・役員の国際大会からの排除勧告である。
このオリンピック休戦が国際連合の総会で扱われるようになったのは1993年からである。92年バルセロナ五輪の前に、ボスニア紛争が勃発。安全保障理事会はユーゴスラビア連邦共和国への経済制裁として、スポーツ大会への新ユーゴの参加を禁じた。制裁を受けて、IOCは「選手の利益を保護するために最善を尽くす」との立場から、安保理構成諸国などに働きかけ、新ユーゴの個人参加の道をひらくとともに、事態の根本原因である紛争の解決に向けてオリンピック休戦を国際社会にアピールし、国連の支持を得るために動いたのである。
他方、2008年と14年のオリンピック休戦の期間中、ロシア政府は軍事介入および侵攻を行った。2度にわたる違反行為に対し、IOCは具体的な措置を講じてこなかった。しかし、今回初めて「スポーツの政治的中立」よりも「オリンピック休戦決議」違反の罪を重視し、IOC自らが選手の参加も禁じたのである。
ただし、今回の措置は、IOCが休戦決議違反への制裁規定を明確に設けてこなかった裏返しでもある。アンチ・ドーピング規則に違反しない選手の権利を保護したように、戦争に反対し、加担しない選手を参加させるような規定が存在していれば、選手の利益を守ることも可能であっただろう。
既に国際パラリンピック委員会は、休戦決議違反に対する制裁規定を検討すると発表している。IOCはどうか? オリンピック休戦を形骸化させないためには、今後もあらゆる休戦決議違反に対して同様の措置を講じ続けるべきである。そして、違反の基準を明確化し、紛争などを定義していくためにIOCは政治へ踏み込むことになる。その覚悟がIOCにはあるのか。今後の「オリンピック休戦決議」違反に対するIOCの対応は、スポーツが平和を取り戻すためにどれほど本気なのかを示す指標になるだろう。
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黒須朱莉(くろす・あかり) 茨城県出身。びわこ成蹊スポーツ大学講師、博士(社会学)。専門はスポーツ史。共著に『2020+1東京大会を考える』『12の問いから始めるオリンピック・パラリンピック研究』『オリンピックが生み出す愛国心』など。
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スポーツによって未来がどう変わるのかをテーマに、びわこ成蹊スポーツ大学の教員らがリレー形式でコラムを執筆します。毎月第1金曜日予定。