ビブリオエッセー

「不要不急」の極意を知る 「ヒトの壁」養老孟司(新潮新書)

心に巣くう生きづらさのような「鋼の壁」がゆっくり崩れて、気持ちが軽くなった。養老先生の壁シリーズ最新刊は自身の療養生活やコロナ禍の体験から改めて人生を、誰にでも平等にやってくる死を問い直す。

私は昨年から両親の在宅介護が始まり、様々な課題と向き合う毎日。時々、道に迷いそうになることもある。そんな時、ふと目にとまったのがこの本だ。

「私の人生は、はたして世間様のお役に立ったのだろうか」「俺の仕事って要らないんじゃないのか」。こんな文章があって驚いた。解剖学者として、多くの本の著者として、その発言が大きな影響を与えた先生である。私は講義でも拝聴しているような気分で読み進めたが「今の私の人生自体が、思えば不要不急である」と書かれ、「人生は本来、不要不急ではないか」と続く。そこに正解がないから味がある。

本書では小中高生の自殺者増加の問題についても書いている。この世に生きることの意味が見いだせないと思い、死を選ぶ若者たち。先生は「自立と成熟」が大切だと書く。「価値観を情勢に応じて自分で変え、自分なりに持つしかない」といい、「自分に居心地の良い『場』をつくる」ことも指摘している。

最後は養老先生の享年十八で死んだ愛猫まるの話だ。まるのおかげで生死について、ヒトが生きることについて、あれこれ考えるようになったそうだ。若き日、患者の死が避けられない臨床を避けて研究者の道を選んだ先生。「たかがネコ、されど唯一のネコ」と書くまるの死は精神的な痛手も大きかっただろう。

人や社会とのバランスを取るのが難しい現代。本書をヒントに肩の力を抜いて眺めると、いつの間にか迷宮の壁も低くなっていた。

松山市 赤樫順子(48)

投稿はペンネーム可。650字程度で住所、氏名、年齢と電話番号を明記し、〒556―8661 産経新聞「ビブリオエッセー」事務局まで。メールはbiblio@sankei.co.jp。題材となる本は流通している書籍に限り、絵本、漫画も含みます。採用の方のみ連絡、原稿は返却しません。二重投稿はお断りします。

会員限定記事会員サービス詳細