産経児童出版文化賞 8点の受賞決まる

大賞に決まった『こそあどの森のおとなたちが子どもだったころ』
大賞に決まった『こそあどの森のおとなたちが子どもだったころ』

第69回産経児童出版文化賞(産経新聞社主催、フジテレビジョン、ニッポン放送後援、JR北海道、JR東日本、JR東海、JR西日本、JR四国、JR九州、JR貨物協賛)が決まりました。昨年1年間に刊行された児童向けの新刊書を対象に審査を重ねた結果、次の8点を大賞、JR賞、美術賞、産経新聞社賞、フジテレビ賞、ニッポン放送賞、翻訳作品賞に選びました。

■大賞 「こそあどの森のおとなたちが子どもだったころ」

岡田淳 著 理論社

■JR賞 「おすしやさんにいらっしゃい! 生きものが食べものになるまで」

おかだだいすけ 文 遠藤宏 写真 岩崎書店

■美術賞 「ヴォドニークの水の館 チェコのむかしばなし」

まきあつこ 文 降矢なな 絵 BL出版

■産経新聞社賞 「ハタハタ 荒海にかがやく命」

高久至 文・写真 あかね書房

■フジテレビ賞 「人魚の夏」

嘉成晴香 作 あかね書房

■ニッポン放送賞 「つくしちゃんとおねえちゃん」

いとうみく 作 福音館書店

■翻訳作品賞

「ぼくは川のように話す」

ジョーダン・スコット 文 シドニー・スミス 絵 原田勝 訳 偕成社

「真夜中のちいさなようせい」

シン・ソンミ 絵・文 清水知佐子 訳 ポプラ社

「物語は終わったわけではない」 大賞に決まった岡田淳さん

「23年続いたシリーズなので、この1冊だけでなく、背後の12冊も含めた全体に賞をくださったのかなと思います。本当に良かったという思いですね」

平成6年の第1巻以来、「日本のムーミン谷」とも評される人気児童文学『こそあどの森の物語』。シリーズ完結後、初の番外編での受賞となった。

どこかにあるかもしれない不思議な森「こそあどの森」。そこで暮らす内向的な少年スキッパーが、個性派ぞろいの森の住人たちと触れ合う中で物語が進んでいく。船の上に大きなウニを載せたようなスキッパーの家「ウニマル」など、イラストを眺めているだけでも楽しい。

児童文学作家の岡田淳さん
児童文学作家の岡田淳さん

「初めに、森の中の海賊船というイメージがあったんです。森にはどんな家があり、どういう人が住んでいるかをスケッチブックにずっと描いていって、人物が動き始めるのを待って話を書き始めたらどうだろうかと。最初に描いたのは、スキッパーとウニマルでした」

30年以上も読み継がれる『二分間の冒険』など、巧みなストーリーテリングの作家として知られる。だが代表作となった本シリーズでは、ストーリーに沿って人物を造形するのではなく、描きたいシーンから話が生まれたという。「巻を重ねるごとに、キャラクターが育っていったシリーズでもありました」

受賞作は、おなじみの登場人物たちの過去を中心とした番外編。「また書いてほしいという読者の要望が強く、著者としてもまたあの世界に触れたい、という気持ちがありまして…」。豊かな森の物語は、まだ終わったわけではないのかもしれない。(磨井慎吾)

おかだ・じゅん 昭和22年、兵庫県生まれ。神戸大教育学部美術科卒業。図工教師として38年間小学校で勤務するかたわら、54年に『ムンジャクンジュは毛虫じゃない』で作家デビュー。59年『雨やどりはすべり台の下で』で産経児童出版文化賞、平成25年『願いのかなうまがり角』で産経児童出版文化賞フジテレビ賞など、受賞多数。

作品選評

【大賞】「こそあどの森のおとなたちが子どもだったころ」

『こそあどの森の物語』は平成29年に全12巻が完結したが、もう1冊刊行された。表紙には、Another Storyと記されている。

最初の話で、主人公のスキッパーとふたごが作家のトワイエさんをたずねる。スキッパーがトワイエさんから借りた本には、一枚の写真がはさまれていた。大きな建物の入り口の石段に立つ少年時代のトワイエさんが写っている。

「ここは、図書館なんです。」トワイエさんは、写真を指さしながら話しはじめる。―子どものころ、図書館が大好きで、一日中すごすこともあった。そして、ある日、ふしぎなことが起こる…。

トワイエさんが語ったのは、自分が物語をつくりたいと思うようになった経験だった。スキッパーたちは、こそあどの森の大人たちの古い写真をたよりに話を聞き、その大人の今をつくった子ども時代をたしかめていく。

話を聞き終わって、それぞれの人物の奥行きが見えたとき、何か腑に落ちたような感じと静かな感動がやってくる。Another Storyによって、物語は、新しい深まりを見せたのではないか。(武蔵野大学名誉教授・宮川健郎)

【JR賞】「おすしやさんにいらっしゃい! 生きものが食べものになるまで」

単なる寿司(すし)のつくりかたの紹介でも、寿司ネタの魚の紹介でもない。キンメ、アナゴ、イカを題材に、魚を釣るところから始まり、顔のアップで鼻はどこか? エラの働きは? 胃袋を解剖すると出てくるのは?

『おすしやさんにいらっしゃい!』
『おすしやさんにいらっしゃい!』

キンメのウロコをとる包丁さばきと飛び散るウロコの瞬間写真。そのウロコを水に入れたらピンク色に! 細長いアナゴのお尻は尻尾の方かと思ったら真ん中!

7人の子どもたちが、それぞれのシーンで驚いたり、不思議がったり、さまざまな表情で反応を示す。全面にあらわれている楽しさ、おかしさはこの子どもたちの演じ方、表情による。本の企画、作り方としても、ありそうでなかった寿司を科学する写真絵本に仕上がっている。(大妻女子大学教授・木下勇)

【美術賞】「ヴォドニークの水の館 チェコのむかしばなし」

チェコ語の翻訳者が再話し、スロバキア在住の画家が絵をつけた昔話絵本。貧しさのあまり身投げしようとした娘が、ヴォドニークという水の魔物にさらわれて水中の館で働かされる。娘はやがて館を脱出し、囚(とら)われていた他の魂も解放して生の世界に帰っていく。

『ヴォドニークの水の館』
『ヴォドニークの水の館』

生と死と再生の物語ともとれるこの絵本では、窓からのぞく娘の目の前を魚が泳いでいる表紙がまず読者の目を引くが、絵は場面展開の仕方も周到に考えられ、娘の姿も、水中の館にいるときは静、行動を起こして陸にあがる時は動と、描き分けられている。視点や色彩の変化の付け方、チェコらしい刺繡(ししゅう)の服やつぼの模様といった細部にも十分に目配りがされ、昔話の世界を見事に伝えている。(翻訳家・さくまゆみこ)

【産経新聞社賞】「ハタハタ 荒海にかがやく命」

大きな目とひれ、への字に曲がった口が特徴のハタハタは、秋田県民に愛されてきた魚。子どものころ秋田の祖父母から昔の大漁の話を聞いて育った水中ガイド兼写真家が、冬の荒海に何度も潜り、その姿を追った写真絵本。

『ハタハタ』
『ハタハタ』

普段は深海にすむが、11月から12月、産卵場所となる浅瀬へ群れをなして押し寄せる。オスとメスがおしくらまんじゅうするように海藻の中にとびこみ、卵のかたまりを産みつける。卵は色とりどりの宝石のよう。力尽きてイソギンチャクに丸のみされるオス、硬い殻を破ってとびだす稚魚…。生命の営みが一連のドラマのように繰り広げられる。巻末には漁獲高の減少や資源回復の試みにもふれる。海の豊かさを感じ、考えるきっかけに。(東京子ども図書館理事長・張替惠子)

【フジテレビ賞】「人魚の夏」

小学5年生になる春休み、海辺にいた「ぼく」に人魚の「春」が声をかける。人魚は、「ぼく」のお母さんの友だちだと言い、「ぼく」の小学校に転校する、子どもの「夏」と仲良くしてほしいと言う。

夏は、「ぼく」のクラスに転入してくるが、学校に出した書類の性別欄は空欄だ。人魚は、大人になってから性別が決まる。「ぼく」は、夏が人魚だという秘密を一人でかかえこむ。

『人魚の夏』
『人魚の夏』

クラスのみんなは、夏の性別を気にする。性の多様性、友だちとは? 偏見とは? さまざまなテーマが浮かび上がる。

クラスは合唱コンクールに出場することになるが、夏は、人魚が歌うと雨を降らすから歌わない。このことをめぐって物語が進む。(武蔵野大学名誉教授・宮川健郎)

【ニッポン放送賞】「つくしちゃんとおねえちゃん」

語り手は、小学2年生のつくしだ。おねえちゃんは、2つ年上の4年生。

おばあちゃんの家からの帰り道、屋根つきのバス停での雨やどりのあと、歩くとき少し右足を引きずるおねえちゃんは、それでも速足で歩き出す。これは1つめの話「いばりんぼう」。

『つくしちゃんとおねえちゃん』
『つくしちゃんとおねえちゃん』

つぎの「あと五分」で、登校の途中、つくしは、ランドセルのなかみを道路に散らばしてしまう。おねえちゃんは、怒りながら、精いっぱい面倒を見てくれる。

5つの小さな物語のなかで、がんばりやのおねえちゃんがかかえているナイーブなところがだんだんに明らかになっていく。つくしがおねえちゃんを「じまん」するのと同時におねえちゃんとの葛藤を描いて、魅力的な作品になった。(武蔵野大学名誉教授・宮川健郎)

【翻訳作品賞】「ぼくは川のように話す」

「ぼく」には「口の調子が悪い日」がある。そんな日は学校に行っても、笑われたり揶揄(からか)われたりする。それを見越したように、放課後、おとうさんは「ぼく」を川に連れて行ってくれる。川は今日も波立ち、泡立ち、渦まき、砕け…。おとうさんは「ぼく」の肩を抱き寄せて言う。「おまえは川のように話しているんだ」と。泣いてしまいそうな時、黙りこんでしまいそうな時、思うように言葉が出ない時、「ぼく」はだから、あの川を想(おも)う。

『ぼくは川のように話す』
『ぼくは川のように話す』

カナダの詩人を支えた父の言葉と、美しい川の光と影。本書が翻訳されるときはぜひにと手を挙げ続けた訳者、原田勝さんの訳もシドニー・スミスの繊細にしてダイナミックな絵も、詩人の言葉も豊かに心に響く。(作家・落合恵子)

【翻訳作品賞】「真夜中のちいさなようせい」

韓国の画家による初めての絵本。作者は、病弱で寝ていることが多かった幼少時代に、ゆめうつつに妖精を見たことがあるという。そんな体験を基に2年という年月をかけて生まれた作品。熱を出して寝ている男の子は、お母さんが看病に疲れてうたた寝をしている間に妖精に会う。

『真夜中のちいさなようせい』
『真夜中のちいさなようせい』

目をさまして、その妖精がくれた指輪を見たお母さんも、忘れていた記憶を思い出し、少女に戻って息子や妖精たちと遊ぶ。勢いの良さで勝負するような絵本やマンガ風の作品がもてはやされる時代にあって、伝統的な手法でていねいに細かく描かれたこのような絵本は貴重だし、ぬくもりも伝わって想像力がひろがる。文章には登場しない猫があちこちに顔を出しているのも楽しい。(翻訳家・さくまゆみこ)

【選考委員】川端有子(日本女子大学教授)▽宮川健郎(武蔵野大学名誉教授)▽落合恵子(作家)▽さくまゆみこ(翻訳家)▽木下勇(大妻女子大学教授)▽張替惠子(東京子ども図書館理事長)▽村瀬健(フジテレビジョン編成制作局制作センター第一制作部部長職ゼネラルプロデューサー)▽立川慎二(ニッポン放送コンテンツプランニング部副部長)▽本田誠(産経新聞東京本社編集局文化部長)

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