100歳時代

17年かけ99歳で大学卒業 徳島の男性「今後も勉強続ける」

17年かけ99歳で放送大を卒業し、学位記を手にする清水げん市さん(長男の充さん提供、「げん」は「にんべん」に「玄」)
17年かけ99歳で放送大を卒業し、学位記を手にする清水げん市さん(長男の充さん提供、「げん」は「にんべん」に「玄」)

寿命の延伸と生涯学習の浸透で大学に入るシニアが増えるなか、この春、99歳で放送大学を卒業した人がいる。徳島県美馬市の養鶏業、清水げん市(「げん」は「にんべん」に「玄」)さんだ。17年かけて必要な単位を取得、「戦争で1度諦めた」という大学卒業の夢を実現させた。現在、5千羽のニワトリを飼育するなど元気に仕事を続けるなかでの学習との両立や、何が学問へ駆り立てたのかなどについて聞いた。(山本雅人)

養鶏業と両立

「子供の頃から勉強が好きだった」と話す清水さん。7人きょうだいの四男として生まれ、尋常高等小学校を卒業後、16歳で徳島から上京して、軍に毛布を納める会社に就職した。

向学心は衰えず、昼間は仕事、夜は予備校に通いながら、大学入学資格が得られる当時の検定試験突破と大学受験を目指した。予備校ではロシア語の学習も勧められ、独学で3年かけて習得。「戦時中で英語は敵性語だということもあり、ロシア語になった」と説明するが、後の人生に大きな影響を及ぼすことになる。

昭和19年に21歳で出征して旧満州で終戦。その後、旧ソ連によってシベリアに抑留された。極寒で食事も満足に与えられないなか、強制労働をさせられたが、ロシア語ができたことから、収容所で日本兵の帰国に関する書類作成の仕事を命じられた。その際、ソ連の司令官とのやりとりを通じ、違う民族ながら、「人間として共通するものを感じ、いつか心理学を学びたいと思った」と話す。

23年に実家に戻り、養鶏の仕事を始めて今も続けているが、平成17年にテレビなどで学べる放送大学の存在を知って、82歳で入学した。教養学部の6つのコースのうちの「心理と教育」を選択し、念願の心理学を学ぶこととなった。

多い日は夜に3時間勉強し、「なるべく時間を確保できるよう、テキスト持参で鶏舎に行き、時間があると5分でも10分でも読んだ」という。多忙で受講できない期間もあったが、年に数科目ずつ単位を取得し、今年3月、学位記(卒業証書)を手にした。

「卒業まで20年ほどかかると思ったので、100歳まで生きなければならないと思った」と長寿の要因を語る。「若い頃から勉強を続けてきたので、記憶力の衰えなどはあまり感じなかった」と振り返り、「飲酒や喫煙をしたことがないのも大きかった」とも。

シニア学生多数

放送大学によると、同大では学生の4分の1が60歳以上。なかには30年以上在籍する人もいる。入学試験はなく、出征のため大学への入学資格をとれなかった清水さんのような人でも、まずは同大に設けられている「科目履修生」などの短期在籍の学生として8科目(放送授業の場合)の単位を取得すれば、一般の大学学部生にあたる「全科履修生」になることができ、大卒資格の取得を目指せる。

授業料も、受講科目数に関係なく一括で年額が決まっている多くの大学とは違い、放送授業1科目(週1回45分の授業を15回)が1万1千円(教材費込み)と受講数に応じて決まり、低額に設定。在籍できる期間は10年だが、超過した場合でも入学金1万8千円(当初の入学金から25%引き)を再び納めれば、さらに10年間在籍できる。清水さんもこの制度を使い、17年間かけて卒業した。

「心理学を学んだことで、相手の気持ちを常に推しはかって話せるようになった」と清水さん。「学問に年齢は関係ない。今後も心理学の勉強を続けていきたい」。こう力強く語った。

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