「鶴の恩返し」が語り継がれる里 山形県南陽市漆山

「鶴の恩返し」を口演する語り部の安部晶子さん(中央)=山形県南陽市、夕鶴の里(柏崎幸三撮影)
「鶴の恩返し」を口演する語り部の安部晶子さん(中央)=山形県南陽市、夕鶴の里(柏崎幸三撮影)

山形県南陽市漆山の古寺に伝わる民話「鶴の恩返し」。地元では住民が「語り部」となり、子や孫に代々伝えてきた。その民話はいま、今年で創立30年になる市の施設「夕鶴の里」で、地元の人たちが地元の言葉で語り継いでいる。

地元の言葉で

「むかーすぃ、あったけずまなぁ。金蔵ってとても正直者で、働きものの若い衆がいたったんだ。商いに行った帰り道、そこらのやろこめら、いっしょに集まって大きな鶴一羽捕まえて、いじめたった」

手ぶりをしながら語り掛けるのは、7年前から本格的に語り部の活動を始めた安部晶子さん(66)。全国から訪れた人たちに山形県置賜地方に残された民話や伝説を山形弁で語る。

漆山地区には古くから民話や昔話を口伝えで語り継ぐ習慣があった。平成2年、当時の市長が「漆山に残る民話や伝説を後世に語り伝える常設の場をつくろう」と提案し、4年に「夕鶴の里」が開館した。それまで地域で伝承してきた語り部たちは開館に先立つ3年に「民話会ゆうづる」を結成。語り部の養成を行い世代交代をしながら、現在は14人の語り部が同館で語り続けている。

安部さんもその一人で「昔話には、人を思いやる気持ちや感謝の気持ちなどが感じられる。私は、昔話に込められた先人の知恵などを自分の語りで伝えていきたい」という。

寺の由来

漆山地区には、鶴巻田や羽付、織機川など「鶴の恩返し」にちなんだ地名が残る。この地区にある鶴布山珍蔵寺は民話「鶴の恩返し」を開山縁起とする。

享和4年(1804年)に書かれた米沢藩の地理や城郭などを記録した古文書「鶴城地名選」によると、この寺は、元は金蔵寺と名付けられていた。鶴を助けた金蔵の家に訪ねてきた女性が妻となり、織物を織り、金蔵はそれを市で売るが、妻は消えてしまう。思案に暮れた金蔵は出家し、売った織物は金蔵に返され寺の宝物となるなどと書かれており、寺に伝わる民話の内容と一致する。

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