「この世界の片隅に」こうのさんら 戦後100年の願いを壁画に

作品「心経」について思いを語る漫画家こうの史代さん=4月11日、広島市中区のおりづるタワー
作品「心経」について思いを語る漫画家こうの史代さん=4月11日、広島市中区のおりづるタワー

被爆100年となる「2045年」(令和27年)をテーマに、広島ゆかりのアーティストらが描いた巨大壁画が話題を集めている。壁画が制作されたのは、原爆ドームの隣に建つ商業施設「おりづるタワー」。各世代のアーティストが「未来に向けて残したい思い」をそれぞれ壁に表現した。

商業施設「おりづるタワー」の上層階から望む原爆ドーム=広島市中区
商業施設「おりづるタワー」の上層階から望む原爆ドーム=広島市中区

戦後100年の世界は

ウォールアートのプロジェクト名は「2045 NINE HOPES」。おりづるタワーを運営する自動車販売会社「広島マツダ」が「未来へ向けて何が残せるか」という思いから企画した。

作品が描かれたのは、おりづるタワーの1階から屋上展望台まで続く9層のらせん状スロープの壁。壁面1層ごとに、縦約4メートル、横約24メートルの巨大キャンパスに見立て、広島ゆかりの20~90代のアーティスト9人が、戦後100年の世界に何を望むのか、後世に残したい「2045年への願い」をそれぞれ描いた。

参加したのは、版画家・アーティストの土井紀子(きこ)さん(25)▽美術作家の若佐慎一さん(39)▽アーティストのSUIKOさん(42)▽ビジョンプロジェクターの田中美紀さん(41)▽漫画家のこうの史代さん(53)▽現代美術作家の山本基(もとい)さん(56)▽美術家の三桝正典さん(61)▽切り絵・絵本作家の毛利まさみちさん(75)▽洋画家の三浦恒祺(つねき)さん(92)。三浦さんの作品は同じ美術団体の木村順子さん(73)と浜本典子さん(50)が代筆した。

商業施設「おりづるタワー」の外壁に平和を願う壁画を制作したアーティストら=4月11日、広島市中区
商業施設「おりづるタワー」の外壁に平和を願う壁画を制作したアーティストら=4月11日、広島市中区

慰霊の般若心経

5層目を担当したのが「この世界の片隅に」などで知られる広島市出身のこうのさんだ。

作品タイトルは「心経(しんぎょう)」、壁面いっぱいにカラフルな梵字で、サンスクリット語の原文の「般若心経」を描いた。カープ帽を被ったハトやコイなどの優しいタッチの絵も彩られ、コイは恋として「ラブ」を、ハトは「ピース」を表した。

「コンセプトは、ひとことでいうと『慰霊』」

こうのさんが子供の頃の「8月6日」は「慰霊」の面が濃かった。だが、「今の平和公園には慰霊と平和祈念の面があり、平和祈念の色合いが濃くなった。これからは平和祈念が強くなっていくだろう」と語る。

一方で「平和」だけを前面に強調されると「まるで原爆に平和にしてもらったみたいだ」と感じてしまうこともあるという。

「被爆した方と時間的に遠ざかるにつれ、慰霊の面は薄れてゆくのだろう。慰霊の面があったことも忘れてはならないと思う」

2045年を生きるだれかに、この一帯にはかつて確かに幾多の慰霊の念が込められていたこと、また「今を生きる私たちとかかわるはずだった魂であったことを記しておきたいと思った」と説明する。

巨大壁画の挑戦は初めてで、実は依頼を「一度は断った」という。

たまたま般若心経を絵にしてみたいとは思っていた。その頃、京都の三十三間堂を訪ねる機会があり、「千体千手観音立像が好きでずっと見ていたら、いろんな時代の有名な作家が勢ぞろいして作られていた。競演というのか、そういう話が私にも来ているんだと思った」。約1カ月悩んだ末にプロジェクトに参加。三十三間堂のお守りを身に着け、制作に臨んだ。

「作品をみながら、今ここにいないだれかのことに思いをはせてもらえるといいなと思う」とこうのさん。今後は「みんなが明るく笑っているのが平和。あなたはこうすべき、と私が語るより、みんなが笑顔になってくれる楽しいマンガや絵を一生描いていきたい」という。

版画家の土井紀子さんの作品「ロングジャンプ」。駆ける馬の姿とその影を表現した。影とは広島の暗い歴史の暗示だという
版画家の土井紀子さんの作品「ロングジャンプ」。駆ける馬の姿とその影を表現した。影とは広島の暗い歴史の暗示だという

ウクライナ侵攻に思いも

壁画に挑んだ、ほかのアーティストたちの作品もいろいろ考えさせられる。

さまざまな平和活動に携わり「学んだことや感じたことを反映させたかった」という土井さんの作品は「long jump(ロングジャンプ)」。

折り鶴再生紙をイメージしたカラフルなドットで構成。馬の影が徐々に駆け上がっていく様子を描いた。「影は広島の暗い歴史の暗示。それらを一緒に抱えながら、前進していくという思いを込めた」という。

虹色で7匹のポップな招きネコを描き「多様性」を表現したのは、横浜駅(横浜市)直結の施設「アソビル」の壁画制作で知られる広島県出身の若佐さん。

制作中にロシアのウクライナ侵攻が始まり、新たな意味も加わった。水色の招き猫はウクライナ、青色の招き猫はロシア。光背を合わせてみると、それぞれの国旗のカラーに酷似する。

「なぜ戦争が起こったのか。未来の人々が考えるためにも、今何が起こっているのかを記録しないといけないと思った」とし、反戦の思いを込めた。(嶋田知加子)

入館料は大人1700円、中高生900円、小学生700円など。おりづるタワーは、広島マツダが運営。折り鶴と平和をテーマにした商業施設で平成28年にオープンした。

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