どうすれば、即戦力の人材として活躍できるか-。そう考えてサッカーの母国イングランド(英国)に渡った若者がいる。びわこ成蹊スポーツ大学を昨春に卒業した細谷圭吾さん(23)。ただし、サッカー選手としてではない。サッカービジネスに関わる仕事に就くためである。ロンドン大学の大学院、バークベック校の「スポーツマネジメント&フットボールビジネス」コース入りを目指して勉強に励んでいる細谷さんは「ここで学んだことを日本に還元したい」と将来の希望を話している。
細谷さんがサッカーを始めたのは5歳のとき。友達の輪を広げるため、両親が地元の街クラブに連れていったのがきっかけだった。Jリーグ、ザスパクサツ群馬のジュニアユース(中学年代)、ユース(高校年代)を経てびわこ成蹊スポーツ大学のサッカー部へ。高校3年生のときにはザスパクサツ群馬のトップチームに2種登録もされた。しかし、選手として限界を感じる中、大学3年生のときにザスパクサツ群馬に受け入れてもらったインターンシップでの体験が転機となった。フロント業務を手伝っているうちに、サッカービジネスに携わりたいと強く思うようになった。細谷さんは「即戦力で活躍するには知識が必要だと思った。それまで、留学したいとぼんやりと考えていたのが、はっきりした。どうせなら学術的に学びたい。学ぶのなら、サッカーの母国で学びたいと思った」と振り返る。
昨年9月に渡英。今は日本食レストランでアルバイトをしながら大学院に入るための勉強を続け、イングランド・プレミアリーグの試合も観戦するなどして経験を深めている。細谷さんは「Jリーグも地域密着を掲げているが、プレミアリーグの地域密着とは違う気がする。どういうマネジメントをすれば、会社としてステップアップできるのかなどをここで本格的に学びたい。留学で得た経験をJリーグのクラブで生かしたい。スポーツを支えるところからJリーグを盛り上げていければ」と話している。細谷さんの寄稿を紹介する。
「サポーター視点」で体感したプレミアリーグの驚きや発見…研究活動励む
クラブとサポーターの両方が「ウィン-ウィン」になれるビジネスモデルを生み出すには、「クラブ側」と「サポーター側」の両方の視点から考える必要がある。大学時代、Jリーグクラブでのインターンシップやスタジアム観戦者調査を経験したことをきっかけに、世界最高峰のリーグの1つである「プレミアリーグ」が存在するイングランドで、スポーツマネジメントやスポーツマーケティングを学びたいという思いから留学を決意した。今回は「サポーター」の視点で、プレミアリーグから感じたこと、Jリーグとの比較を報告する。
Jリーグでも天候や対戦クラブによってチケット価格が変動する「ダイナミックプライシング」を導入するクラブが増えている。プレミアリーグでも、多くのクラブがこの制度を導入しているが、価格変動の主な基準は対戦クラブである。例えば、プレミアリーグとチャンピオンシップ(2部相当)を行き来しているようなクラブであれば「カテゴリーC」、ビッグ6と呼ばれるような強豪クラブであれば「カテゴリーA」に設定されている。
実際に今シーズンのトットナムの試合では、カテゴリーCは30ポンド(約4900円)、カテゴリーAでは52ポンド(約8500円)に設定された座席があり、価格差は22ポンド(約3600円)と歴然である。対戦クラブによって懸念される観客側のニーズの違いを踏まえ、チケット収入のバランスが取れるようにしたビジネスモデルといえる。同様の基準をそのままJリーグに導入するのは難しいと思われるが、人工知能(AI)の発達に伴うマーケティング戦略などから、ダイナミックプライシングの新たな形が作られていくのではないかと期待している。
また、イングランドの多くのスタジアムで導入されているのが、「キャッシュレス化」である。併設されている公式グッズショップやスタジアム内の売店など、すべての場所で現金が使えない。プレミアリーグのクラブだけでなく、チャンピオンシップ所属のダービーカウンティや、リーグ2(4部相当)のスティーブニッジなども行っており、イングランドサッカー界全体で取り組んでいるといえるだろう。
キャッシュレス化の利点は、食べ物を扱う売店のスタッフがお金に触れずに済むといった衛生面のほか、スムーズに支払いが行えることでレジの混雑が緩和されたり、店の回転率が上がったりすることなどが挙げられる。購買データや顧客データを獲得するマーケティング戦略の観点からも、キャッシュレス化による恩恵は大きい。
Jリーグでキャッシュレス化を大々的に行っているのはヴィッセル神戸ぐらいである。しかし、ICカードやQRコード決済などが日本でも普及し始めていることを考えると、遅かれ早かれ、日本独自のキャッシュレス化が普及していくのではないかと思う。
今回は書ききれなかったが、イングランドのサッカーの現場には、数多くの驚きや発見があった。「百聞は一見にしかず」の言葉通り、実際に見て、感じて、初めて分かることがあると改めて思った。今後は「クラブ側」の視点にも踏み込み、経営面や学術的な観点を洗練させるために、研究活動を行っていきたい。(細谷圭吾)