オシム氏死去 姿勢と語録で成長促す 南アで見たかったオシムJ

ピッチライン付近で指示を出す、サッカー日本代表のイビチャ・オシム監督=2006年8月16日、新潟ビッグスワン
ピッチライン付近で指示を出す、サッカー日本代表のイビチャ・オシム監督=2006年8月16日、新潟ビッグスワン

80歳で死去したことが1日にわかった元サッカー日本代表監督のイビチャ・オシム氏は、日本サッカー全体の底上げを促していた。

「日本サッカーを日本化する」。2006年7月、オシム氏が日本代表監督就任会見で述べたキーワードだ。

当たり前のようで、耳が痛かったことを覚えている。ブラジルなど「サッカー先進国」を手本に強くなろうとしていた当時の風潮に疑問を投げかけ、敏捷(びんしょう)性や規律といった日本人の持ち味を最大限生かそうというメッセージだった。

「考えて走るサッカー」を掲げ、多色ビブスを使った独創的な練習で千葉の選手を鍛え上げた。同じ練習は二度と行わない。意図はわからずとも、試合になるとそれが生きた。代表の練習はすべて公開し、スタンドには指導者が数多く見学に訪れた。

「ライオンに追われたウサギが肉離れを起こしますか?」。機知とウイットに富んだ「語録」が飛び出すオシム氏の会見に出るのは楽しかった。ただ逆質問も多く、こちらも常に試されているように感じた。マッチメークなどでは日本協会にも容赦なくダメ出し。選手だけでなく、指導者や協会、メディアなど、日本サッカーのすべてを底上げしようとしていた。

オシム氏は日本人以上に、日本サッカーの可能性を信じていた。代表監督を務めた1年半足らずで、日本代表は着実に前進していた。岡田武史氏が引き継いだチームは2010年W杯でベスト16入りを果たしたが、オシムジャパンが南アフリカのピッチでどう戦ったか、見たかった。(森本利優)

サッカー元日本代表監督のオシム氏が死去

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