オシム氏逝去、悼む声相次ぐ 川淵氏「チームに大切なこと教えてくれた」

2006年7月、サッカー日本代表監督に就任し、日本サッカー協会の川淵三郎会長(中央)、反町康治U―21日本代表監督(左)と握手するイビチャ・オシム氏=東京都内のホテル
2006年7月、サッカー日本代表監督に就任し、日本サッカー協会の川淵三郎会長(中央)、反町康治U―21日本代表監督(左)と握手するイビチャ・オシム氏=東京都内のホテル

サッカー日本代表の監督を務めたイビチャ・オシム氏が1日に死去したとの報は世界に衝撃を与え、サッカー界の発展に貢献した名将の死を惜しみ、悼む声が国内外で相次いだ。

日本サッカー協会は2日、訃報を受けて談話を発表。オシム氏が代表監督就任時の会長だった川淵三郎相談役は「献身的なプレーをする選手を重用し、含蓄ある言葉でチームに大切なことを教えてくれた」と感謝。選手時代に1964年東京五輪で対戦した思い出にふれ、「うまいセンターフォワードがいたのを覚えていて、後になってオシムさんだったと知った。42年後に日本代表を指揮したということは縁があったのかと思う」としのんだ。

技術委員長としてオシム氏の招聘(しょうへい)に動いた田嶋幸三会長は「選手たちを掌握する力が素晴らしく、考えて、判断するトレーニングを徹底して選手を成長させてくれた。名監督とはまさにオシムさんのような人だと思う」と評した。

オシム氏が2003~06年に監督を務めた現J2の千葉は、公式サイトで功労者の急逝を悼み、クラブへの貢献に謝意を表した。まな弟子の一人、佐藤勇人氏が昨年に行ったインタビューも掲載。皮肉やユーモアを交えた発言でサポーターを考えさせたり、楽しませたりした故人をしのんだ。

千葉や日本代表で指導を受けた阿部勇樹氏は「サッカーの話をいっぱいしたかった。オシム監督から学んだことをしっかりと伝えていけるように頑張ります」、巻誠一郎氏は「僕にとってオシムさんはサッカーだけではなく、人生の師です。ゆっくり休んでください」とそれぞれツイッターで感謝の思いを発信した。

オシム氏が指揮を執ったオーストリア1部のシュトゥルム・グラーツは公式サイトで「クラブにとって最大のアイコンだった。影響力はサッカーだけにとどまらず、彼の言葉は永遠に私たちとともにある」との声明を出した。

1990年のワールドカップ(W杯)イタリア大会で、オシム氏が率いた旧ユーゴスラビア代表の一員としてプレーしたストイコビッチ氏も、代表監督を務めるセルビアのサッカー協会公式サイトで声明を発表。「逝去の報に衝撃を受けている。一緒に経験してきたことは特別な思い出。彼は旧ユーゴスラビアサッカー界で最も重要な人物であり、今後もそのように記憶される」と記した。

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