書評

『ついでにジェントルメン』柚木麻子著(文芸春秋・1540円)男性のルール 痛快に斬る

世の中には守るべきルールがある。だっこ紐(ひも)で乳児を抱え、巨大なバッグを携えた中年女が、いくら許可を得たからって会員制の静謐(せいひつ)なレストランで客として認められるはずがない。だから、太い声で空気を読まず注文を重ねる彼女に、男たちはもの申す。「子連れだからって、何でも我がままが通ると思ったら、大間違いだぞ」「ここは大人の社交場だ」。ところが「男の社交場でしょ」と言い返したのは、彼らが守ろうとしていた連れの女の一人だった―。

収録作「エルゴと不倫鮨」で女性客がこぞって中年女を受け入れたのは、1年9カ月ぶりに酒を飲むという彼女に同情したからではない。ミモレットチーズと酢飯、漬けマグロと重めの赤ワインなど、中年女が注文する、メニューにない組み合わせはすべて、自分の舌を喜ばせるためのもので、女をオトすために用意された蘊蓄(うんちく)まみれのコース料理よりずっと魅力的だったから。そして、うすうす感づいていたからだ。

世の中に敷かれたルールの多くは、店の料理と同様、男性を基準に決められている。その特権に気づかないまま、彼らは自分たちが理想と信じるものを、女性に笑顔で享受し、讃(たた)えてほしいのだということに。

女性たちが真に求めているものが何か知ろうともしないまま、自分たちの敷いたルールだけにのっとり「守ってあげたい」と心底、善意で、願う男性たちが本作には多く登場する。たとえば、新入社員と本気の恋を始めようとする既婚男性。若い女性に飛躍の機会を与えようと画策する大学教授。本書ではそんな彼らの思い上がりを痛快に斬り、ルールをぶち壊していく7編が収録されている。

なお、冒頭と締めの短編に登場するのは文芸春秋の創始者・菊池寛。菊池は、女性や若い者たちへ等しく機会を与えながら、守りたいという姿勢は見せない。たとえ善意によるものだとしても、過度な干渉は相手を軽んじ可能性をつぶすことに繫(つな)がると知っているからだ。菊池の「そんなの意味ないよ」という口癖を通じて、読み手の私たちもルールに縛られた不自由な生き方から解放されていく。その〝私たち〟にはきっと、男性自身も含まれるはずだ、と思う。

評・橘もも(小説家)

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