どんなに傷ついていてもその目は力強くこちらをとらえて離さない。診察台のオジロワシは「自分が生きる場所はここではない」と訴えているようだ。
北海道に生息するオオワシ、オジロワシ、シマフクロウなどの大型猛禽(もうきん)類。多くが数を減らし、国の天然記念物などに指定されている。そんな野生猛禽類のための病院が、環境省釧路湿原野生生物保護センター(北海道釧路市)内に拠点を置く「猛禽類医学研究所」だ。
研究所は環境省から委託を受け、傷ついた野生の希少鳥類の保護や治療、リハビリに取り組む。また収容された死骸を解剖し、死因の究明にも努めている。
自動車や列車との衝突、送配電線での感電、猟場に放置されたシカを食べた際、体内に残った鉛弾の破片を取り込んでしまったことによる鉛中毒…。野生動物が運び込まれる理由はさまざまだが、ほとんどは生活圏に、人間が手を加えてしまったことが原因となっている。
「野生動物は自然界で何が起きているのか身をもって伝えにきてくれる『メッセンジャー』。その〝声〟を獣医学という言語で翻訳し、対策を立てるのが人間の責務です」
訴えるのは研究所代表の斉藤慶輔獣医師(57)。希少種にとって1羽の命の行方は種の存続に大きく関わるだけに、研究所は同様の事故を防ぐ対策を考え実行している。
一例が感電事故を防ぐため、電力会社と協力して道内約2500カ所の電柱に設置した「バードチェッカー」。鳥を電線に接触させないための障害物で、開発の際は、重い後遺症などで野生復帰がかなわない「終生飼育個体」の反応を見て試行錯誤を繰り返した。
また、シカの死骸をシートで覆い、猛禽類の反応を見る試験も行っている。線路脇に放置されたシカの轢死(れきし)体にワシが集まり、後続列車にひかれる事例が後を絶たないためだ。
斉藤獣医師は「事を起こす際、自然環境に影響を与えないか、きちんと立ち止まって考える」ことの大切さを説く。「(そうすれば)50年後には、きっと良い世界になっているのではないでしょうか」
人間と野生動物のより良い共生は、終わりのない課題だ。私たちはいま、野生動物の声を聞き、立ち止まることができるだろうか。
(写真報道局 川口良介)