ロングセラーを読む

非現実的思想を打ち破る E・H・カー著「危機の二十年」(原彬久訳)

ロシアによるウクライナ侵攻について、もし英国の歴史家、E・H・カー(1892~1982年)が生きていたら、どんなコメントをするだろうか-。カーが1939年に出版した現実主義に基づく国際政治学の名著『危機の二十年 理想と現実』(岩波文庫)を読むと、そんなことをつい考えてしまう。大学などで国際政治の基本文献の一つとして読み継がれ、平成23年には新訳も出て新たな読者を獲得している。

同書の考察対象期間である第一次世界大戦終結後の1919年から第二次大戦が勃発した39年までは、国際社会が2回目の大戦回避を目指しながら、それが挫折していく過程でもあった。この期間の大半を外交官として過ごしたカーは簡潔に総括する。「最初の十年の夢想的な願望から次の十年の容赦ない絶望へ、すなわち現実をあまり考慮しなかったユートピアから、ユートピアのあらゆる要素を厳しく排除したリアリティへと急降下するところにその特徴があった」

リアリストのカーはその仕事について「ユートピア思想をつくりあげている構成要素がいかにうわべだけのものであるかを暴露して、非現実的なこの思想の全構造を打ち破ることである」と強調する。

とりわけ、鋭いメスを入れたのが国際連盟だった。「世論は必ず勝利する」「世論は理性の声」といった信念と固く結びついた国際機構の機能不全ぶりに紙幅を割く。大国の世論も経済制裁について極めて無関心だった。「制裁の必要性を認めることは、それ自体、合理的な世論の有効性を主張するユートピア的理論の面目を汚してしまうことになるからである」と。

軍事力や権力に関する記述も読みどころだ。「軍事的手段が最高度に重要であるのはなぜか。その理由は、国際政治における権力の最後の手段が戦争である、という事実にある」。現実を冷徹に直視するカーは、権力の支えのない政策や理念、国家、国際機構などがいかに無力であるかについても事例も列挙する。

とはいえ、カーはリアリズムの限界についても言及することを忘れない。「純粋なリアリズムは、いかなる国際社会の成立をも不可能にする露骨な権力闘争をもたらすだけである」とし、健全な政治的思考の基礎には道義と権力という相矛盾した要素が必要だとしている。全体で500ページ超あり、歯ごたえも十分。大型連休中の一冊としてオススメしたい。

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