記者発

「鬼滅の刃」と能の親和性 大阪文化部・田中佐和

あの人気漫画「鬼滅(きめつ)の刃(やいば)」(原作・吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる))が「能狂言」になる。7月に東京、12月に大阪の能楽堂で、狂言師の野村萬斎さん(56)の演出で上演される。

「鬼滅―」は人食い鬼に家族を殺された竈門炭治郎(かまど・たんじろう)が、鬼と化した妹の禰豆子(ねずこ)を伴い敵討ちの旅に出る物語。能版の監修は観世流シテ方の人間国宝、大槻文蔵(おおつき・ぶんぞう)さん(79)で、つらい過去を持つ子供の姿の鬼、累(るい)を演じる。鬼の首領、鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)役は萬斎さん。炭治郎と禰豆子役は文蔵さんの芸養子で能楽界の若きホープ、大槻裕一さん(24)が勤める。

当初から能楽師の間では「能との親和性が高い」と話題になっていたが、本当に〝能化〟が実現するとは思わなかった。そもそも能と鬼滅との親和性とは何だろうか。

能の演目はシテ(主役)の役柄によって「神・男・女・狂・鬼」の5つに分類される。能の鬼は人を食らう残虐な悪鬼と、恨みや絶望で人が鬼に変じたものに大別される。退治されるか祈りの力で成仏するが、鬼も人に裏切られたりわが身を嘆いていたり多くは哀(かな)しい存在だ。「鬼滅―」の鬼も元は人。鬼になった理由があり、死に際に人間の頃の記憶がよみがえるシーンは、鬼や怨霊に対する能の「鎮魂」の考え方と重なる。

たしかに能の世界観になじむ漫画ではあるが、原作の派手な戦闘シーンを期待すると裏切られるかもしれない。

能の演出は扇など最小限の小道具の使用に限られ、大掛かりな舞台美術は使わない。視覚的に多くを語らないからこそ広がる世界に没入できる「想像力の芸能」といえる。

萬斎さんによると今回は能ファンが驚く演出もあるが、やはり基本は「皆さんの想像力に訴える形になる」。伝統芸能のファン層を広げる目的は人気漫画「ONE PIECE(ワンピース)」を歌舞伎化した「スーパー歌舞伎Ⅱ」と共通するが、今作は原作にどう近づけるかよりも「能は原作をどう消化して進化したか」を楽しむ舞台になるのではないだろうか。

能が初めての鬼滅ファンは躊躇(ちゅうちょ)せず想像力をフル稼働して、能の世界に身を委ねてほしい。特別なセットはない舞台に鬼の棲(す)む森が見えた瞬間、能のエンターテインメント性に引き込まれるはずだ。

【プロフィル】田中佐和

平成19年入社。社会部で警察、裁判、行政を取材し、昨春から文化部。現在は伝統芸能、現代演劇、演芸を担当している。

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