近ごろ都に流行るもの

失われた民俗祭祀映像 後世へ残す㊦ カムイの国へ「イオマンテ」映画封切

北村皆雄監督「チロンヌプカムイ イオマンテ」より。撮影から36年を経て公開された
北村皆雄監督「チロンヌプカムイ イオマンテ」より。撮影から36年を経て公開された

北海道の先住民族、アイヌを象徴する祭祀(さいし)。イオマンテの秘蔵記録を映画化した「チロンヌプカムイ イオマンテ(キタキツネの霊送り)」が30日、封切られた。大切に育てたキツネをカムイ(神)の国へ送り還(かえ)す儀式の映像は、幻想的な風景と叙情のなか、衝撃的なシーンも目に飛び込んでくる。それは、他者の命をいただかなければ生きてゆけない、人間の業と信仰の対照。普遍的な葛藤が胸に迫る。

漫画「ゴールデンカムイ」人気も後押し

動物は肉や毛皮をみやげにして、神の国から人間の国へやってくる。その信仰に基づき、狩猟で得た野生動物の子を生かし大切に育てる。数年後、コタン(集落)をあげてウポポ(歌)やリムセ(踊り)を奉じ、神の国へと霊を送る。

北村皆雄監督「チロンヌプカムイ イオマンテ」から。撮影から36年を経て公開された
北村皆雄監督「チロンヌプカムイ イオマンテ」から。撮影から36年を経て公開された

イオマンテの舞台は昭和61年の北海道、雄大な屈斜路湖(くっしゃろこ)を臨む美幌(びほろ)峠だ。当時75歳の故・日川善次郎エカシ(長老)が、わが子同様に育てたキツネ、ツネ吉の霊を司祭として送る映像。森と湖、神秘的な霧に包まれ、ツネ吉の一人語りのナレーションで物語が進む。大勢のアイヌが見守る峠の広場。全霊を込めた歌舞奉納が続いた後、花矢がツネ吉を射る。切り離された頭部がイナウと呼ばれる供物とともに、高々と祀(まつ)られた。思わず目を覆うが、「これがイオマンテ。カットの選択肢はなかった」と北村皆雄監督(79)。

祭祀後、肉は食べられ毛皮も活用された。映画倫理機構の審査でも問題視されず、年齢制限のない「Gマーク」指定となった。

36年を経て映画化された背景には、アイヌ文化への関心の高まりがある。

北村皆雄監督。映画ポスターの前で=東京都新宿区(重松明子撮影)
北村皆雄監督。映画ポスターの前で=東京都新宿区(重松明子撮影)

明治末期のアイヌ少女が活躍する冒険漫画「ゴールデンカムイ」(集英社)は既刊29巻シリーズ発行1900万部超という大人気。4月28日、8年に渡る連載が完結したが、実写映画化が決まり都内で展覧会も始まった。また一昨年開館した、国立アイヌ民族博物館を核とする「ウポポイ」は北海道名所になっている。

北村監督の映画は東京都中野区のポレポレ東中野で封切られ、大阪、名古屋、横浜での巡回上映が決定した。ゴールデンカムイの監修も務める中川裕・千葉大名誉教授が2年をかけて、膨大なアイヌの祝詞に現代日本語訳をつけている。

「正確な意味が判明し、エカシがとても注意深く、謙虚な言葉で祈っていたことに改めて感動した」と北村監督。「古い映像に現代の知見を照し、新たな発見が生まれる。民俗映像に賞味期限はないんですね」

「家畜ではない。カムイからの預りものとしてかわいがって育てて、最後、食っちまう感覚。和人には理解されないだろう。あの映画を見て、アイヌへの謎が深まるんじゃないか」

アイヌの踊りを子供らに教える20代当時の姿が映画に登場する、秋辺デボさん(年齢非公表)が試写を見て語った。阿寒湖畔のコタンで木彫り民芸店を営む、アイヌ文化を伝えるリーダーの一人だ。「人間は動物の命を奪って生きている。その苦しみ。ごめんよという気持ちが、エカシの祝詞に随所に出てくる。映画には死んだ先輩もたくさん映ってるし、涙なしでは見られなかったよ」

自身も約10年前。飼っていた子熊のイオマンテを試みた。無理だった。「頭が良くて感情の交流が深い。かわいいんだぞ。胸がつぶれる。でも、イオマンテはアイヌの信仰と命の本質。必要ないとも思わない」

その葛藤はデボさんも出演し、海外映画祭で賞を受けた一昨年公開の映画「アイヌモシリ」(福永壮志監督)の下敷きにもなった。

「21世紀なんだから、それなりのアイヌでいいんじゃないか。在り方を模索する時期にきている」とデボさん。漫画や映画の影響もあり、アイヌの若者意識も変わったという。

「オレたち昭和世代は、差別への反発から民族意識に目覚めたけど、今は文化がカッコイイからやりたいって。屈託なくポジティブ。いい時代になったよね」

誇りを育み、偏見を正す。固有の文化を活写した民俗映像がもたらす力は、史料価値を超えて大きい。(重松明子)

会員限定記事会員サービス詳細