ビブリオエッセー月間賞

3月の月間賞は『生き物の死にざま』、堺市南区の堀江美和子さん

選考をする江南さんと福嶋さん(左から)=大阪市中央区(鳥越瑞絵撮影)
選考をする江南さんと福嶋さん(左から)=大阪市中央区(鳥越瑞絵撮影)

本にまつわるエッセーを募集し、夕刊1面とWEBサイト「産経ニュース」などで掲載している「ビブリオエッセー」。皆さんのとっておきの一冊について、思い出などとともにつづっていただき、本の魅力や読書の喜びをお伝えしています。3月の月間賞は、堺市南区の堀江美和子さん(66)の『生き物の死にざま』に決まりました。ジュンク堂書店のご協力で図書カード(1万円分)を進呈し、プロの書店員と書評家による選考会の様子をご紹介します。


■「自然の営みと自身の老化反響」(福嶋さん)、「人間くさくて、かわいらしい」(江南さん)

--今回は18作品でしたが、いかがでしたか。

福嶋 ロシアのウクライナ侵攻が、前回から選書や叙述に影響を与えているように感じます。コロナ禍との共存にようやく慣れかけてきたと思ったら、いきなりで予想外の「戦争」。意見が明確でない、語りきれていない印象のエッセーが多いのも、やむを得ないと思いました。

江南 コロナ禍の初期もそうでしたが、世界が複雑になってよくわからなくなったときに書物を読むというのは人の常です。直面する不可解さ、不条理さを知りたい、となると人は本に向かうのでしょう。

--気づかれたことがあったとか

江南 よく私は「表面2ミリ」というのですが、小説は書かれていることを文字通りに受け取るだけでなく、その深層まで読み解けるかが本を楽しむことにつながる。世界が複雑になるほど単純な言葉に飛びついて分かった気になりたいものです。でも表面2ミリじゃなく、2センチを読み取る、そんな読書をしてみてはどうでしょう。そこに文芸・文学の力があると思うので。

--さきほどの福嶋さんの印象ともつながりますね

江南 言い切らないのは、自己検閲とまではいかないけれど、これ以上踏み込んだら独断かなとか、この「正しい」と思えるところで終わっておこうかなとか、自らの自己規制の働きかも。

福嶋 最初の『生き物の死にざま』はよく書けていると思いました。生き物に関する本は最近よく売れていて、やはり「死」はだれしも関心があるし、死ななかった人は一人もいませんからね。昆虫などの例を挙げて、命をつなぐために自ら犠牲になっていくという話と、ご自身の老化と家族のことが反響しあっていて無理がない。『三体』はちょっと内容を追いかけるのがたいへんでした。

江南 まず、外国人の方が読んで送ってくださったのは初めてではないでしょうか。そして読書体験がいきいきと書かれていてよかったです。

福嶋 中国語で読んで、続きを日本語訳で読んだという。そんなところもおもしろかった。『小隊』はウクライナの戦争のニュースを聞いてこの本を「すぐ思い出した」と書かれていますが…

--以前、芥川賞候補になった小説で、著者の砂川文次さんは先日『ブラックボックス』で芥川賞を受賞されました

江南 いま起きていることを感情移入するかたちで感じたいと思ったときに小説を読み、戦場の人やニュースと重ねるように読む。時機にあうエッセーでした。

福嶋 『夢の雫、黄金の鳥籠』は最後の一文が素直でよかった。トルコの展覧会を見に行ってたまたまこのマンガに出会ったそうで、そんな本との出会い方もおもしろい。

--さて、どうでしょう

江南 『生き物の死にざま』は、自分は生命の乗り物という最近はやりの考え方が展開される一方で、従来型の「かけがえのない自分」という価値観も提示する。自分のシワとかに悩むんですから。人間くさくてかわいらしい、いいエッセーです!

福嶋 大上段に構えない終わり方もよかったし、この本を読んでみたいと思わせる。そこが大事なポイントですね。

--では今回は『生き物の死にざま』に

「生き物の死にざま」
「生き物の死にざま」

〈作品再掲〉

娘の家族が2年ぶりに帰省した。新型コロナの影響で長く会えなかったのだ。今はそのときの写真を見返しては孫の成長を楽しんでいるが、ふと隣に写り込んでいた自分の姿を見て、ちょっとがっかりした。

考えれば当然のことで、話しながら娘と2人、「若さをバトンタッチしたってことで生き物の役目を果たしたんや」と笑い合った。

そんなとき、この本を書店で見つけた。著者は雑草生態学が専門の農学博士。身近な虫や動物、海洋生物など29の生き物の最期をつづった科学エッセーである。

「セミ」の章から引き込まれた。「セミは必ず上を向いて死ぬ」という。仰向けとはいえ「セミの目は体の背中側についているから、空を見ているわけではない」。繁殖行動の務めを終え、死を待つセミの目に映るものは地面なのだ。これを読んで涙が止まらなくなった。

次の章は「ハサミムシ」。なかなか怖い見かけだが、母親が卵を守り続け、40日以上も飲まず食わずで丹念に世話するそうだ。最期が衝撃だ。ようやく生まれた子どもたちの餌となって死ぬのだという。タコのメスもまた、産みつけた卵を危険な海で守り、何カ月も絶食する。

なぜヒキガエルは危険を顧みず道路を横切るのか。生まれた池と森の往復を繰り返していたのだ。逃げることも避けることもなく。読み進むうちに自分が彼らの一生を生きているような気がした。死を悼む動物といわれるゾウの一生は自然科学というより人生論のようだ。

どんな生き物もその細胞に組み込まれたプログラムに従って生きているのだろうか。どれも切ない命の物語だ。シミやシワなど些細な老化に一喜一憂している自分が情けない。

堀江美和子さん
堀江美和子さん

<喜びの声>堺市南区の堀江美和子さん(66)

いつもは女性作家の繊細な小説を愛読している私がたまたま手に取った科学エッセーで月間賞をいただけるとは。まず虫は苦手で避けるか、時につぶすこともあり、ごめんなさい。でもこの本で生き物を見る目が少し変わりました。どんな小さな命にも生と死のドラマがあって、それを淡々を受け入れているのですね。自然と向き合う研究者の著者ならではの、生きとし生けるものへの思いを感じます。皆さんにもぜひ読んでいただきたい一冊です。

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