人形ならぬ「人間浄瑠璃」 人間国宝に操られてみた

森村泰昌さんが「人形」(右)にふんした人間浄瑠璃「新・鏡影綺譚」のワンシーン。森村さんを操るのは、人間国宝の文楽人形遣い桐竹勘十郎さん(福永一夫氏撮影、森村桐竹人間浄瑠璃プロジェクト実行委員会提供)
森村泰昌さんが「人形」(右)にふんした人間浄瑠璃「新・鏡影綺譚」のワンシーン。森村さんを操るのは、人間国宝の文楽人形遣い桐竹勘十郎さん(福永一夫氏撮影、森村桐竹人間浄瑠璃プロジェクト実行委員会提供)

2月26日、27日の2日間、大阪市北区の大阪中之島美術館で同館の開館を記念して計4回行われた「人間浄瑠璃『新・鏡影綺譚(きたん)』」は、浄瑠璃の人形にふんした美術家の森村泰昌さん(70)が、人間国宝の文楽人形遣い、桐竹勘十郎さん(69)に操られるという奇想天外な舞台だった。もちろん公演は連日満席。2日間、操り、操られた森村さんに貴重な体験を聞いた。

初めてふんした人形

泰西の名画中の人物や歴史上の人物などにふんしたセルフポートレートで知られる森村さんが人形という「モノ」になるのは初めてのことだった。

「面白かったですよ。文楽の世界の人形の場所は、絶対に人間が立ち入れないところ。その場所に自分が立っている。人形遣いの人もお客さんも立てない場所からの風景が見られる。つまり、人形が何を見ているかが体験できるんです。まるで人形の国に行ったような感じ」

舞台の上で周りを見回すと、自分が作った床本(ゆかほん)に沿って相手をしているのは人形ばかり。だから、自分も人形たちの一員になっている気がしたらしい。

鏡の迷宮

舞台のあらすじを紹介すると、ある夜、今日十郎という人形作りの匠が、突如現れたお京という謎の美女の姿を写した人形を作るのだが、その人形が動かないことで思案に暮れる。そこにコッペパンという怪しい男が現れ、お京人形に命を吹き込むように錬金術師に任せろ、ついては翌日の丑三つ時に鏡輪寺で待つ、と告げ去ってゆく。

寺に着いた今日十郎が本堂の大きな鏡をのぞいていると、コッペパンに両目をえぐられ、代わりに水晶玉を入れられる。その目で割れた鏡をのぞきこむとお京の姿が悪鬼へと変わり…という展開で、森村さんは鏡の中のお京を演じている。

森村泰昌さんが「人形」にふんした人間浄瑠璃「新・鏡影綺譚」(福永一夫氏撮影、森村桐竹人間浄瑠璃プロジェクト実行委員会提供)
森村泰昌さんが「人形」にふんした人間浄瑠璃「新・鏡影綺譚」(福永一夫氏撮影、森村桐竹人間浄瑠璃プロジェクト実行委員会提供)

倒錯の不思議

「大きな鏡の中に自分がいて、そこを今日十郎がのぞきこんでくる。お京の僕と目が合うんですが、そのお客さんも見ることのできない人形の表情は、とても不安げで。そういうとき、人形なんだけど、人間に見えたりするんです」

見る人はいつしか舞台上の人形と人間のサイズの差異を感じなくなっている。そこが、さまざまな「倒錯」がからみあう世界の面白さだ。森村さんからすれば、自分は人形として舞台で操られているが、その床本は自分が作ったのだから、実はそのテキストを通じてすべてを操っていることになる。そうしたことに身をもって気が付いたのだった。

刺激的なライブ

稽古はほとんどしていなかったのだという。森村さんの背後には勘十郎さんが首(かしら)を操るための装置を装着してあったのだが、動きは送られてきた映像を見て身につけ、公演前日の最終リハーサルで初めて合わせたのだそうだ。

「勘十郎さんはライブ感覚を大切にする人で、稽古では燃えてこないのだそうです。でも、常に『大丈夫』と。きっと、先に見えているものがあるのでしょう。それでも『本当に、大丈夫かなあ』と思うんです。手も足も自分のものではないのだから。勘十郎さんは『森村先生、人間忘れてください』というのですが、何も考えないことほど難しいことはない」

しかし、振り返れば、自分も一発勝負をしていることに気付く。「例えば、自分がチェ・ゲバラ(キューバ革命の指導者)になるときパートを積み上げ、結合させる。するとそれがいきなり本番になる」

舞台の上で慌てることもライブの面白さ。何が起こるか分からない緊張感の中でしか見えないものがあることを、改めて知ることになったのだという。

ジャンルを超えて

「文楽との出合いは大きかった」と語る森村泰昌さん=京都市左京区
「文楽との出合いは大きかった」と語る森村泰昌さん=京都市左京区

人間浄瑠璃を経験して得たものは何だったのか。

「文楽との出合いは大きかったですね。現代美術とか伝統芸能といったジャンル分けには、実は意味がないということが分かったのですから」

結局、求めて行けば、現代美術だろうが、古典芸能だろうが、同じ世界を感じ、同じものに触れることができる。

「そういう感覚を得られたことが収穫でした」

豊穣(ほうじょう)な世界を持つ伝統芸能との出合いは「森村芸術」に新たな刺激を与えたに違いない。(正木利和)

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