クラシックだけではなくポップスの世界でも、海外アーティストによる来日公演が再開している。
23日に新宿文化センター(東京)でギルバート・オサリバンを聴いた。アイルランド出身。ポップスの吟遊詩人などと呼ばれる。
1972年に「アローン・アゲイン(ナチュラリー)」というビッグヒットを放った。テレビアニメの主題歌で使われるなど、日本でもおなじみの名曲だ。
美しいけど切ない。温かいけどシニカル。それが、オサリバンが紡ぐ旋律。それに見合った歌声の持ち主でもある。
ポール・マッカートニーやビリー・ジョエルをほうふつさせる。英国のエルトン・ジョンよりは米国のジョエルのほうが似ている。
75歳。元気だ。ステージはシンプル。真ん中に弾き語り用のキーボードが1台ポツンとあるだけ。伴奏はギタリストが一人。自分のの歌声があれば、ベースもドラムもいらないということか。
「ジャニュアリー・ギット」でスタート。この歌は、71年のデビューアルバムの幕開きを飾っていた。シャッフル気味に横揺れするリズム。威勢はいい。だが哀感が漂う。タイトルにある1月とはまるで無念なのだから、その歌詞は難解だ。
マッカートニーはロック歌手の矜持(きょうじ)でシャウトし続けた。ついに声が割れた。オサリバンは昔のままだ。か細い。しかし、味わい深い歌声。
弾き語り。気が付いた。鍵盤楽器の演奏だが、ほぼすべて和音をたたきつけているだけだ。ブンチャカ、ブンチャカ。イントロも大体がそのパターンだ。
一つのパターンの伴奏から、これほど多様で美しい旋律を生み出していたとは。
時折、せわしない語りを挟み、13曲歌って20分休憩。さらに13曲を披露した。
クライマックスは、やはり終盤の「アローン・アゲイン(ナチュラリー)」だろう。
この日は、途中でむせてしまった。演出で流したスモークを吸い込んだのだ。それでも最後まで歌い切った。そして、なんともう一度歌い直した。
この名曲を一度に2回聴けるとは。ついてた。2度目のほうが、気持ちがこもったか。より味わいが深かった。
欧米では、「アローン・アゲイン、ナチュラリー」という歌詞の部分で、客席から合唱がわき起こるという。
日本では、まだコンサート会場で声を出せない。コロナ対策だ。唱和どころか歓声も上げられない。残念だが、満席の会場からは大きな拍手が送られた。オサリバンも満足そうな笑顔を見せた。
客席は、圧倒的に中高年が目立った。往年のポップスやロックは、もはや高齢者のものか。
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24、25日には東京ドームでTWICE(トゥワイス)を聴いた。韓国のガールズグループのトップランナー。9人組で、日本人メンバーが3人いる。
こちらも、もちろん来日公演。23日から東京ドームで連続3公演。若い女性を中心に延べ15万人もの観客を集めた。大イベントだ。
初日の後、「客席から掛け声がかかっていた」という指摘がSNSに投稿された。すると「絶対にやめよう」とファンがSNSで呼びかけた。
「皆さんを無事に家に帰したい」。メンバーもステージから拍手を誘導する巧みなトークを展開。24、25日の観客は、拍手とペンライトだけで応えた。
5万人の拍手。5万本のペンライトの明かり。圧巻だった。千秋楽の25日は、終演して照明が消えても拍手はやまなかった。
ただ、メンバーのうち1人が、26日の出国時の検査で感染を確認。日本で療養することになった。恐るべきウイルスだ。
それでも、TWICEは満席で再開している来日コンサートの最良の事例となった。出演者と観客が一緒になって安全な開催について考え、やりきったのだから。(石井健)
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