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野口健 石原慎太郎さんに頼まれた森づくり

石原慎太郎氏(酒巻俊介撮影)
石原慎太郎氏(酒巻俊介撮影)

先日、久々に東京港の中心にある「海の森公園」を訪れた。この島は昭和48年から62年にかけて1230万トンのゴミと建築残土によって埋め立てられたものだ。15年ほど前だったか、石原慎太郎都知事(当時)に「相談がある」と都庁に呼び出された。部屋に案内されると建築家の安藤忠雄さん、宇宙飛行士の毛利衛さんの姿も。石原さんはいつも以上に目をパチクリさせていた。高揚感に包まれているときはその回数が増える。「東京湾にゴミの島がある。そのゴミの島を森の島にしたい。成功すれば世界で初めて。どうか皆さんのお力添えを仰ぎたい」と熱く語る。

「ゴミの島を、森の島にする」。この言葉がパッと頭に飛び込んできた。石原さんは続けて「ゴミからはメタンガスが発生する。難しいプロジェクトになると思うが、日本人の英知を結集させて成功させたい」。それまで森づくりに関わったことがない僕だったが、この計画には夢があると心が躍った。

それから明治神宮の森へ視察にも出かけた。まるで自然林のような森も、実は大正時代は草原であったことを知った。大正時代の人々が100年後に森が完成するよう計画的に森づくりを始めたのだ、と。「人間は自然を壊すこともできるが、自然をつくることもできるのだ」と強く感じた瞬間だった。

平成19年にスタートした植林活動。小さかった苗木たちが今では15メートルを超えるほどに大きく成長し多くの野鳥が生息していた。さらに苗木を植える計画だ。「100年後にはあの明治神宮の森になる」と確信した。石原さんの情熱が「不可能を可能」にしたのだ。

このプロジェクトに関わった影響だろうか。僕はヒマラヤのマナスル山域で約10年前から森林再生プロジェクトを始めた。5万本を植えようと苗木センターもつくり、昨年までに3万本を植えた。標高3600メートルという高所であり、専門家からは「かなり難しいのでは」との指摘もあったが、活着率は86%に達した。今年から活動範囲をさらに広げ、エベレスト山麓でも植林活動をスタートさせる。100年先をイメージしながら。

【プロフィル】野口健

のぐち・けん アルピニスト。1973年、米ボストン生まれ。亜細亜大卒。25歳で7大陸最高峰最年少登頂の世界記録を達成(当時)。エベレスト・富士山の清掃登山、地球温暖化問題など、幅広いジャンルで活躍。新刊は『父子で考えた「自分の道」の見つけ方』(誠文堂新光社)。

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