北海道・知床半島沖のオホーツク海で観光船「KAZU Ⅰ(カズ・ワン)」が遭難した事故で、同船の異変を察知して最初に118番通報した男性が28日までに、産経新聞の取材に応じ、無線で交わした豊田徳幸船長(54)との緊迫したやり取りを明かした。証言から浮かび上がるのは、運航会社との連絡手段が絶たれ、危険が迫ってもSOSを発することすらおぼつかなかった〝孤立無援〟の状況だった。
「救命胴衣着させろ!」
事故当日の23日。午後1時を5~8分ほど過ぎたころ、カズ・ワンの運航会社「知床遊覧船」とは別の観光船会社の従業員男性は、アマチュア無線を通じ、豊田船長の切迫した声を耳にした。
この男性はこの直前、カズ・ワンが帰港時間になっても戻らないことを心配し、知床遊覧船の事務所を訪れて「いつ戻るか」と尋ねていた。スタッフが「船長の携帯電話がつながらない」と話したため、男性はすぐに自社の事務所に戻り、カズ・ワンとの無線交信を試みた。
その際、豊田船長は「カシュニの滝あたりにいる。戻るまでに相当時間がかかる」と落ち着いた様子で伝えてきたという。
だが、数分後に状況は一変する。切羽詰まった声で、救命胴衣を乗客に着せるよう指示する豊田船長の声が無線で流れ、「浸水してエンジンが止まっている。前の方が沈んでいる」との声も響いた。
男性は救助を要請するため、1時13分に118番通報。その後も「後に電源が落ちる」「後ろのほうにみんな固まっている」との声が聞こえ、男性は「他の携帯でも118番したほうがいい」と呼びかけたが、これを最後に無線でのやり取りは途絶えた。
男性との無線交信で浮かびあがるのは、緊急事態を知らせる手段すらままならなかったとみられるカズ・ワンの状況だ。
27日に開かれた記者会見では、知床遊覧船の桂田精一社長が事故直前に、事務所の無線用アンテナの故障を把握していたことが明らかになり、桂田社長は「同業他社の無線を借りたり、携帯電話があるため、出航中止の判断はしなかった」と弁明した。
ただ、男性の証言によれば、事務所スタッフは豊田船長と携帯で連絡が取れず、男性が異変に気づくまでタイムラグが生じた。桂田社長は会見で、衛星電話についても「故障していた」「積んでいたと思うが確認できていない」などと説明を二転三転させた。
また、無線によると、豊田船長が救命胴衣を乗客に指示したのは遭難する直前だったとみられる。知床遊覧船の元従業員の男性は「他の同業他社は船内でも着せている。ライフジャケットはいつも使っていないとすれば袋に入っていて、すぐには出せなかった可能性もある」と同社の安全意識の低さを指摘した。
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「海が荒れた場合は引き返すとの条件で運航を決断した」-。運航会社「知床遊覧船」の桂田精一社長(58)は、事故後初めて開いた27日の記者会見で、こう繰り返し、結果的にその判断は誤りだったと述べた。この会見に対し、知床の海を知る漁師らからは28日、「出航は完璧に無茶(むちゃ)だ」といった厳しい見方が相次いだ。
「(条件付き出航は)無理だろう」
こう話すのは地元で40年来、漁師をしている男性。事故があった23日には船を出さなかった。23日と同様に波浪注意報が出された28日の海に目をやり、「こんな日は沖合で漁をしていても昼から波が高くなるので帰港する」と話した。
知床の海は夏は静かだが春先は荒れるといい、今回のカズ・ワンの出航については「ベテランでも完璧に無茶だった」と断言した。
船長経験もある漁協関係者は知床の海について、「断崖絶壁の近くには浅い岩礁がある。遊覧船は景観を見せるために近づくので、基本的には危険だ」と説明する。その上で、「強風・波浪注意報が出ているなかで出たのが間違い。普通は出ない」と指摘、「条件付き出航」という桂田社長の説明をいぶかしんだ。
会見での桂田社長の発言に、「知床の浜を熟知していないと感じた。気圧配置などがすぐ変わり、急に突風が吹いて波も高くなるこの場所で、『すぐ引き返せば大丈夫』という考えが海を知らない。船長もやっぱり経験がないと分からない」と語った。