石見銀山、世界遺産15年 「金儲けには利用しない」

明かりがあっても薄暗い石見銀山遺跡の龍源寺間歩=島根県大田市
明かりがあっても薄暗い石見銀山遺跡の龍源寺間歩=島根県大田市

16世紀から世界的な銀の採掘地として知られた石見銀山遺跡(島根県大田(おおだ)市)が、平成19年に世界遺産に登録されてから今年で15年になる。登録の翌年には80万人を超える観光客が訪れたこの地。キャパシティー以上に観光客が訪れるオーバーツーリズム問題や新型コロナウイルス感染拡大の影響を経ても、地元住民の、この町を守っていくという思いは変わらない。その現在を追った。

リピーターも増

「石見銀山遺跡は銀を掘った穴そのものだと思っている人もいるのですが、山全体が世界遺産。パッと見てわかる観光資源ではなく、その歴史や背景を知って楽しむ場所です。今ではこの町並みを気に入ったリピーターも増えています」

石見銀山遺跡を巡るといくつもの間歩の入り口がある
石見銀山遺跡を巡るといくつもの間歩の入り口がある

世界遺産登録前からガイドを始め、ガイド歴17年目で、3万人以上の観光客を案内してきた「石見銀山ガイドの会」会長の安立聖(さとし)さん(75)はこう話す。

石見銀山遺跡はJR大田市駅から車で約20分の山々に囲まれた集落が入り口。江戸時代に柵で厳重に囲まれ、銀を採掘していた坑道などが見学できる銀鉱山や、武家屋敷や銀山で栄えた豪商の住宅などが並ぶ町並み、銀を港に運ぶために利用されていた街道、銀の積み出し港周辺など4エリアの約529ヘクタールで構成されている。

石見銀山は16世紀初頭から約400年にわたって採掘された。銀は外国にも輸出され、17世紀ごろには世界の銀産出量の3分の1を占めたという。県として平成7年に世界遺産登録を目指すことを決め、19年7月に国内の世界遺産としては14番目に登録された。

その価値は国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会で、①世界的・国内的に重要な経済・文化交流を生み出した②伝統的技術による銀生産をあらわす遺構が豊富かつ良好に残されている③銀の生産に関する遺構だけでなく、管理、流通などの運営の全体像を示す遺構を良好に残し、そこでは今日まで地域住民の生活が続いている。また、豊かな自然環境と一体となった文化的景観を形成している-と評価された。

石見銀山遺跡内の自動販売機は、住民によって景観を損ねない工夫がこらされている
石見銀山遺跡内の自動販売機は、住民によって景観を損ねない工夫がこらされている

商業主義に走らない

安立さんのガイドを受け、石見銀山遺跡をめぐってみる。

ガイドの会の拠点となる石見銀山公園から少し歩くと、「住民憲章」の看板が立っていた。これは世界遺産登録の1カ月後に定められたもので、憲章の一つに「おだやかさと賑(にぎ)わいを両立させます」と誓いが記されていた。

「世界遺産に登録されても、商業主義には走らないという地元住民の決意です。有料駐車場ではなく、無料駐車場を置いていますし、飲食店も過度な拡大など観光化はしないと決めたのです」と安立さんは言う。

地元では住民が昭和32年に文化財保存会を立ち上げ、町並みを守ってきた歴史があった。世界遺産登録時、地元にはホテルなどの宿泊施設はなく、飲食店も数少なかった。その中で、1日に70台も到着したという観光バスで観光客が1日約1万人押し寄せた。「地元で準備できるのは1日2千食が限度。当然、不満も出ました」

観光客は市外に宿泊し、地元はビジネスチャンスを逃したかに見える。しかし、安立さんは「少し乱暴にいうと、世界遺産をお金もうけには利用しないと決めたのです」と振り返る。

生き方を考えるきっかけに

観光客に開放されている大坑道の一つ「龍源寺(りゅうげんじ)間歩(まぶ)」に向かって遊歩道を歩く。川のせせらぎや、鳥の鳴き声が聞こえてくる。安立さんは「世界遺産登録15年で、やっとすべての遊歩道が整備されました」と話す。

石見銀山遺跡は今も調査・研究が続いている数少ない世界遺産。世界遺産登録前には約600とされていた坑道「間歩」は、15年間で約400が新たに確認され、現在では約千にまで増えている。

龍源寺間歩では、江戸時代の職人が打ち込んだノミの跡が残る。今でこそ、間歩の中は照明で明るくされているが、江戸時代はサザエの殻にエゴマ油を入れた明かりを頼りに銀の採掘を行っていた。

「平均寿命が50代だったころ、銀山の職人は塵肺(じんぱい)により30歳までは生きられないといわれていました」

地元の住民憲章について説明する「石見銀山ガイドの会」会長の安立聖さん=島根県大田市
地元の住民憲章について説明する「石見銀山ガイドの会」会長の安立聖さん=島根県大田市

安立さんの言葉に息をのむ。こうした歴史の上に、今があるのだ。

新型コロナウイルス禍で、令和3年の観光客数は16万5千人にまで落ち込んだ。ガイドの会のメンバーによる案内もコロナ禍前の年間3万人以上から昨年、一昨年は1万7千人ほどに半減した。

それでも安立さんは言う。「今の方がいい。観光とはその字の通り、光を見ることだと思います。この町の文化の光を見てほしい。来てくれた人が町の良さに気付き、生き方を考えてくれるような場所にしていきたい」(藤原由梨)

上空から見た石見銀山周辺の街並み(島根県大田市教育委員会提供)
上空から見た石見銀山周辺の街並み(島根県大田市教育委員会提供)

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