ソロモンの頭巾

長辻象平 チェルノブイリ原発 「石棺」4号炉の危うい内部

本格工事による最新鋭のシェルター(写真❶=共同)
本格工事による最新鋭のシェルター(写真❶=共同)

ウクライナに侵攻したロシア軍によってチェルノブイリ原子力発電所が約1カ月間、占拠された。

ソ連時代の1986年4月に爆発事故を起こした4号炉は「石棺」と呼ばれる形で応急手当てをされた後、本格工事による最新鋭のシェルター(写真❶)で防護されていたのだが、攻撃でシェルターが破損して内部の石棺に衝撃が及べば一大事になるところだった。

4号炉はコンクリートで固化された石棺のイメージとは裏腹に「割れ物注意」並みのもろさと大量の放射性物質を抱え込んだ廃虚なのだ。

貴重な内部模型

写真❷
写真❷

16年前の2006年2月下旬、私は雪のチェルノブイリ原発にいた。事故後20年の取材だった。

目の前には巨大な戦艦を思わせる建物があった。屋根の下までで90メートルの高さ。塔の頂上は200メートルという規模だ(写真❷=以下すべて長辻象平撮影)。

 立体模型(写真❸)
立体模型(写真❸)

これが出力100万キロワットのソ連製原発4号炉を内包する石棺なのだが、全体は鉄板で装甲され、日本で想像していたものとは全く異なる外観だった。

その差異は、責任者から立体模型(写真❸)での説明を受けて納得できた。模型は観音開きで、石棺の内部構造が見えるようになっていた(写真❹)。

石棺の内部構造が見えるようになっていた(写真❹)
石棺の内部構造が見えるようになっていた(写真❹)
原子炉の天井部分に置かれた人形から原子炉全体の大きさが分かる(写真❺)
原子炉の天井部分に置かれた人形から原子炉全体の大きさが分かる(写真❺)

中央の焦げ茶色の構造物が原子炉側壁だ。建屋内には爆発の瓦礫(がれき)が満ちている。コンクリートが流し込まれた小部屋の階層も見える(原子炉の右方)。自重で潰れかねない建屋を補強するための注入だった。原子炉の天井部分に置かれた人形から原子炉全体の大きさが分かる(写真❺)。

この内部模型を見た人は限られているはずだ。

事故当時、日本に伝わった情報では建屋の内部すべてがコンクリートで満たされ、固められたかのようだったが、注入は限定的だったのだ。

以前は大雨漏り

爆発と火災で大破した4号炉の建屋は鉄製の壁板と屋根板で棺(ひつぎ)のように覆われた。放射能と戦いながらの突貫工事だったので隙間も多く、雨や雪の水が大量に流れ込み、鳥やキツネも出入りしていた。

取材時の06年は、石棺を保護するためのシェルター建設が始まったところだった。完成したのは3年前の19年だ。シェルターは真新しく銀色に輝くが、その内部の危うさをロシア兵たちは知らなかったはずだ。危険極まる占拠だった。

一家の安否は…

首都キーウ(キエフ)郊外のアパートでセルゲイ・ブラワさん一家の人々に会った(写真❻)
首都キーウ(キエフ)郊外のアパートでセルゲイ・ブラワさん一家の人々に会った(写真❻)

このときの取材では首都キーウ(キエフ)郊外のアパートでセルゲイ・ブラワさん一家の人々に会った(写真❻)。原発事故で負傷した消防士らを病院に運んだ救急車の運転手だ。自身も妻のリュボーリさんも重度の被曝(ひばく)をしている。

だが、夫人は「原子力発電は必要です」と言った。再度、尋ねたが同じ答えが返ってきた。エネルギー資源のないウクライナで電力を確保するには原子力発電が欠かせないという現実問題としての認識だった。

夫婦に約束された医療や補償などの特典はソ連の崩壊で消えていた。

一家のアパートもロシア軍の攻撃を受けたことだろう。安否が気にかかる。 =次回は5月25日掲載予定

 


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