海底のレクイエム

エテン島の一式陸上攻撃機

1941(昭和16)年=皇紀2601年に採用された日本海軍の陸上攻撃機。魚雷や爆弾を搭載、長大な航続距離を生かしての敵艦船や地上の目標を攻撃する。中国大陸での初陣を皮切りに太平洋戦争で使用されたが防御力の弱さなどによる損害も大きかった。また一人乗りのロケット特攻兵器「桜花」(おうか)の母機としても使用された。

斜め後ろから撮影された一式陸上攻撃機。第二次大戦期の双発機としては大柄な機体であり、全長19・97メートル、全幅24・88メートルで、同じ米軍の双発爆撃機であるB‐25の全長16・1 メートル、全幅20・6メートルよりひと回り大きい(戸村裕行撮影、2012年12月)
斜め後ろから撮影された一式陸上攻撃機。第二次大戦期の双発機としては大柄な機体であり、全長19・97メートル、全幅24・88メートルで、同じ米軍の双発爆撃機であるB‐25の全長16・1 メートル、全幅20・6メートルよりひと回り大きい(戸村裕行撮影、2012年12月)

ミクロネシア連邦、チューク州に所在するエテン島(日本名・竹島)の西、約200メートル、 水深約18メートルに一式陸上攻撃機は静かに眠っている。

太平洋の戦場を飛んだこの機体も、墜落から70年以上の年月が経過、残された胴体内部は朽ち果てている。しかし塗装は剥げてしまっているが、ジュラルミン製の機体は錆びることなく未だ金色に輝いている。

何より葉巻型の美しい胴体は、機首を除けばほぼ原形を留めた状態であるのだ。

着水の衝撃かは不明だが、その機体から少し離れた所にプロペラの付いたままのエンジンも見てとれる。翼には小さく製造メーカー三菱の刻印が残っている。

機体先端の爆撃手席付近に操縦席の風防右半分が覆い被るように載っているようだ。一式陸攻の操縦席は正副操縦士が並列に並ぶオーソドックスなもの(戸村裕行撮影)
機体先端の爆撃手席付近に操縦席の風防右半分が覆い被るように載っているようだ。一式陸攻の操縦席は正副操縦士が並列に並ぶオーソドックスなもの(戸村裕行撮影)
右翼翼端から視点をかえて機首部の失われた胴体を見る。機首は完全に潰れてしまっており、エンジンも主翼前縁などと共に脱落してしまっている(戸村裕行撮影)
右翼翼端から視点をかえて機首部の失われた胴体を見る。機首は完全に潰れてしまっており、エンジンも主翼前縁などと共に脱落してしまっている(戸村裕行撮影)
機体からやや離れて沈むエンジン。付着生物に覆われて見えづらいが、やはり着水時の衝撃で機体から脱落したのだろう(戸村裕行撮影)
機体からやや離れて沈むエンジン。付着生物に覆われて見えづらいが、やはり着水時の衝撃で機体から脱落したのだろう(戸村裕行撮影)

(取材協力 ダイビングサービス「トレジャーズ」)

水中写真家・戸村裕行

1982年、埼玉県生まれ。海底に眠る過去の大戦に起因する艦船や航空機などの撮影をライフワークとし、ミリタリー総合誌月刊『丸』にて連載を担当。それらを題材にした写真展「群青の追憶」を靖國神社遊就館を筆頭に日本各地で開催。主な著書に『蒼海の碑銘』。講演、執筆多数。

雑誌「丸」
昭和23年創刊、平成30年に70周年迎えた日本の代表的軍事雑誌。旧陸海軍の軍 艦、軍用機から各国の最新軍事情報、自衛隊、各種兵器のメカニズムなど幅広 い話題を扱う。発行元の潮書房光人新社は29年から産経新聞グループとなった 。毎月25日発売。

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