ビブリオエッセー

海辺の灯台と残照に誘われ 「やがて満ちてくる光の」梨木香歩(新潮社)

帰りがけに立ち寄った書店で、装丁に惹かれてこの本を手に取った。穏やかな海辺の灯台と残照を思わせる淡い光。その絵が銀色のタイトルを引き立たせ、帯の《たしかな言葉を伝えたい》というフレーズとともに、このエッセー集に期待を抱かせる。

長短合わせて46編。どこから読んでもよいのが魅力だ。梨木さんの端正で淡々とした文章に馴染んでいない方なら、短編から入ればよい。あっという間に彼女の世界に引き込まれてしまうだろう。

例えば、「あわあわとしていた」はどうだろう。バスの終点から30分ほど歩いた先の、人家も途絶えた場所のアパートに同居人と暮らしていた梨木さん。初夏の夜、蛍を見かける。同居人が数匹捕まえて部屋に放した。幻想的な光跡を見ながら《何者にもなれるような気がし、同時にまた、何者にもなれないような気がしていた》若い二人。誰もが自分のことと重ねて何かを感じるだろう。

「家の渡り」も興味深い一編である。梨木さんは家を探していた。高額ですぐには買い手が付かないと、ある不動産業者が案内してくれた家に一目で惹かれ、庭に足を踏み入れる。亡くなった所有者の宗教哲学者、Mさんがどれほどこの庭を愛していたか。それを感じて《これを潰してしまうなんて》と残念に思い、かつてキリスト教神学を学んだ学生時代に思いを馳せる。

その後、Mさんの著作からその家の建築家を知り、また、Mさんの家への考えにも触れることになる。折から実家の整理を迫られていた私も改めて、家とは何かと考えさせられた。

梨木さんのエッセーにはそれまで気づかなかった思いにハッとすることが多い。思いがけない方向に導いてくれる力がある。

神奈川県湯河原町 金子美知子(71)

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