ビブリオエッセー通信

「文豪」はやっぱりよみがえる

小欄が国木田独歩の名前と『武蔵野』を知ったのは半世紀以上も昔、『鉄腕アトム』の「赤いネコの巻」という漫画だった。冒頭、ヒゲオヤジ先生が『武蔵野』の一節を、少しアレンジして口ずさんでいた。

「武蔵野を歩く人は道をえらんではいけない」

原文は「道に迷うことを苦にしてはならない」だが、東京が都市開発され、武蔵野の緑が失われていくのを問題提起した一編だった。

ビブリオエッセーで大坂果穂さんが書いてくれた『文豪ストレイドッグス』(4月21日掲載)は主人公、中島敦が太宰治と独歩に出会う場面から始まる。これは異能力者同士のバトル漫画で登場人物の名前はすべて実在の文豪。大坂さんは引用される名言に着目した。エッセーに掲載した中島敦の原文は『光と風と夢』からの引用だ。

15歳の大坂さんはこの漫画で登場人物の一人である異能力者「江戸川乱歩」を知り、試しに実際の短編『人間椅子』を読んでみた。乱歩の妄想力が全開の作品だ。

肘掛椅子の中に潜んでよからぬ妄想をする主人公。意中の女性作家に手紙を送り…。乱歩自身の解説を読むと、横溝正史と神戸の家具店でこう質問したそうだ。「この椅子の中へ人間が隠れられるでしょうか」。店員さんは(このおっさん、何を聞くねん)と驚いたことだろう。乱歩はこれまでにも『心理試験』を取り上げたし(2020年3月30日)、2人の作家の関係は『江戸川乱歩と横溝正史』(2021年12月9日)をお読みください。

ビブリオエッセーには数々の文豪との出会いが描かれている。望月隆昭さんは戦後の文化祭で女子生徒たちの作った「暗夜行路」というトンネルから志賀直哉を知った(2022年4月22日)。「初めての男女共学という、どぎまぎした経験とあいまって記憶に残っています」

武蔵野つながりでは下原敏彦さんが私の日本文学ベストワンだという『田園の憂鬱』(4月19日)。東京の街中から武蔵野の田園地帯へ、病んだ心の癒やしを求めて移った主人公の心象風景が、自然描写とともに幻覚のようにつづられている。

「最初に読んだ25円の古本が佐藤春夫との出会い。何か書いてみたくなる、そんな小説でした」

前掲の文スト(こう呼ぶらしい)の主要キャラでもある芥川龍之介。芥川の短編『魔術』を読んだ15歳の濱崎大和さんは「隠れたこの一編をぜひ紹介したい」(1月31日)。

子供の頃、教科書に身を潜めていた文豪たちは何度でもよみがえる。当然、時代が読み方に影響を与えるだろう。でも変わらないものがあるから、いつか読む。文豪、恐るべし。

(荻原靖史)

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